2007年05月23日

方広寺の巻

浜松のドライブイン

A「このへんに方広寺ってあります?」


店の人「ああ、奥山の半僧坊(はんそうぼう)だったら、北にまっすぐだよ」


「半僧坊?」


「ああ、この辺の衆らは皆そう呼んでるだよ」




明け方の静かな田園風景の中を、車は浜名湖の北に位置する奥山を目指した






方広寺の山門前に車が到着する

看板には「臨済宗大本山方広寺/奥山半僧坊」と書かれている


山門は黒く立派で、寺の風格を感じさせる。



門の中は森のように静まりかえり、朝霧につつまれてとても厳粛で神秘的なムードが漂っている


3人は車から降りて、奥深い森の神気を胸いっぱいに吸い込んだ



「・・・・・ここか・・・」




山門を入るとすぐに池があり、小さな太鼓橋がかかり、奥の祠には弁財天が奉られている

すぐ脇には大きな銀杏の木



そこだけ見れば、まるで小さな天河神社だ




志織「なんだか不思議ね」




次に現われる大きな赤門


額には『護国』と達筆な字で書かれている

高松宮宣仁親王筆とある



『どうやら本当に皇室ゆかりのお寺らしいな』




寺の中だというのに、丘陵を小川が流れ、大自然そのままの景観が残されている


あちらこちらに五百羅漢の石像



坂の上の方はまだ朝の霞がかかってよく見えない




シャンタン「お寺の人が誰か起きてくるまで、車の中で仮眠しないか」


とても疲れていたのだろう

シャンタンと志織はすぐに軽い寝息をたて始めていた



が、Aはなかなか寝付けなかった


セミナー会社のことや、第3の鍵のことなど、さまざまなことが頭の中を駆け巡っていた





いつのまにか方広寺の朝が明けていた



みやげ物屋のシャッターが開く音が聞こえる

眠っている2人を車内に残したままAは外に出た



「おはようございます」


店のお婆さん「おはようさん。半僧坊にお参りかね」



「ここは半僧坊って言うんですか?」



「ああ、昔からの伝説でね

昔このお寺を開いたお坊様が中国からお帰りになる時、嵐にあわれてねぇ

あわや遭難と思われた所へ、どこからともなく大きな異人さんが現われてね、
安全な方角を指し示してくれたおかげで、無事に日本に帰れたんだと」



「!!」



「お坊様はたいそう感謝されてその異人さんに『あなたは僧侶ではないが、仏法を守ってくれたことは半分僧侶だ』と言われて『半僧坊』と名付けられたそうなんじゃ

そしてこの方広寺にお奉りされたんじゃが、たいそう霊験あらたかでのう、

願い事が叶ったり厄よけにいいってことで、それはそれは遠くからお参りに来る人も多いだに」




「それで・・・そのお坊さんって・・・後醍醐天皇の・・・」




「そう皇子様じゃ」








ぐっすり眠っていた二人を起こした


あんなに疲れたふうだったのに、一旦目が覚めると好奇心に突き動かされるようにして二人はすぐに車外に出た



方広寺の森の境内に朝日が差し込み、雀たちが騒がしく枝を行き来している






木々に囲まれた坂道をどんどん上っていくと巨大な本堂に出る


その隣に半僧坊真殿



さらにその奥に続く小道を行くと・・・・


皇子の墓「黙霊塔」

その隣には後醍醐天皇の遺髪を収めた「後醍醐帝慰霊塔」が建ち並ぶ



後醍醐帝は鎌倉幕府を倒し、一度は政権の座につくものの(建武の新政)、足利尊氏の反乱により京から吉野に逃れ、その地において生涯を閉じたと言われている


その間、尊氏は光明天皇を擁立し(北朝)、吉野の後醍醐天皇(南朝)と2つの朝廷が同時に存在したことから、この時代を南北朝時代と呼ぶ



感慨深げに慰霊塔を見つめる3人


志織「皇子は後醍醐のことをいつまでも忘れなかったのね」





再び本堂の前庭


何人かの雲水(修行僧)の一行が両手を前に組み、静かに通り過ぎていく



神秘的な沈黙が漂っている


中に数人の西洋人の横顔



『外国からも修行に来ているのか・・・』



・・・・・・・・・・・・・・




『やれやれ・・・誰に何を聞いていいやら』



参道を少し戻ると「奥山青壮年研修所」と刻まれた石柱が建っている。



研修所の前庭を竹ぼうきで清掃する若い禅僧


木立に囲まれながらも堂々とたたずむ研修所の建物を眺めるA



『素晴らしい環境だな。いつか個人でセミナーを開けるようになったら、こんなところをホームグラウンドにしてみたい・・・』



「ここは一般の者も使えるのですか」


禅僧「はい、そのための施設ですから」



「中を見たいんだけど・・・」

同意を求めると、2人はニッコリ頷いた




禅僧の案内で3人が中に入る


広々とした館内には、100帖以上ありそうな、がらんとした大広間がある


ガラス窓の向うには緑の山並が連なっている



志織「あら、この景色も天河によく似ているわね」



大広間を出て廊下を歩いていると

A「!!」


いきなり角から大入道が現れる。


大きく見えたのは一瞬で、よく見ればそれほど大柄な体格ではない。


どうやら存在感に圧倒されたらしい。



その僧侶はギロっとA達を一瞥したが、若い禅僧に向かい

「それでは後をよろしく」と言って館内を出ていく。





A「誰ですか今の?」



「管長様の一番弟子の向(むかい)和尚です。この研修所の所長も兼任されてます」


『この大本山の一番弟子か・・もしかしたら、あの人ならいろいろと知っているかもしれない』


2人を残して後を追いかける




研修所の玄関を出たところで追いついた


「すみません!あのぉ、ちょっと!!」


向和尚は立ち止まり、大きな目で振り向くと
「何かご用かな?」



「僕達、奈良県の吉野から今朝着いたんですが、こちらのお寺を開いた皇子について教えてもらいたい事があって」



向「吉野から・・・・?」



向和尚じっとAを見つめる



「!!」


『この場面どこかで見たことがある』


『あっあの時だ!!』



天河で初めて柿坂宮司に出会った時の事を思い出す



Aをじっと見つめる宮司

柿坂宮司『ゆっくりしていきなせえ、ゆっくりな』






向「ゆっくりしていけるのかな?」



「はい。今日は時間があります」



「じゃあ戻るまでしばらくワシの部屋におったらいい」


「ありがとうございます」





研修所所長室


来客用ソファーに座る3人

壁には円相の額縁


シャンタン「ダルマージがよく話していたよ。禅とは教義や教典を勉強するのものではなく、直接真理を体得することが目的なんだと」



志織「禅がそのまま『鍵』みたいなものね」




Aは窓の外に広がる方広寺の境内を見つめていた


禅がそのまま『鍵』?


確かにそうかもしれない



でもここには何か『3つ目の鍵』に相当する特別なものがあるはずだ




それにここは天河で感じたのと同じとても強い波動を感じるんだが、気のせいだろうか



志織「禅僧と話しをするチャンスなんてめったにないから、それだけでも来てよかったわ・・・・・あら?」



ふと本棚を見ると『ダルマージ講話集」の本(帯にダルマージの写真) 



さらに

聖書、

ヒンズー経典、

イスラム経典、

グルジェフ、

クリシュナムルティー、

スーフィズム、

宇宙飛行士の証言、

ジョン・レノン詩集、などニューエイジ関連まで様々なジャンルの本が並ぶ




志織「あのお坊さん、話しがわかるわね。こういう所の人は自分の宗派だけにこだわって排他的だと思ってたけど」




志織「見ちゃおうか」



3人思い思いの本を手に取り読みだす



Aは『方広寺』というB4サイズの写真集を手にする




長い時間が経過した





それぞれ無言のまま読み続けている




写真集の中の「方広寺所有宝物一覧」のページ




仏像や元時代の香炉、壷等・・・豊臣秀吉や徳川家康からの書状、古い経文・・・





この寺は歴代の権力者達から大切にされてきた様子がうかがえる




その写真の中に


表紙に宝珠を抱いた龍が、まさにいま天に昇るかのような絵が描かれた古文書




Aの顔色が変わる



『これだ!!あの時夢に現われた本だ』




夢の回想




元国の山奥にある禅寺


石段の頂上にある山門の前で老師より一冊の書物を受け取る皇子


<表紙に宝珠を抱いた龍がまさにいま天に昇るかのような絵が描かれている>








研修所所長室



夢と違って本はかなり古く変色している


説明書きには「開山様(皇子)が元国より持ち帰りし秘本」とある。



Aポツリと

「あった」



2人「え?!」


Aは写真を見せながら言った

おそらくこの秘本と呼ばれるものが『3つ目の鍵』だと思うよ」



志織「なんでわかるの・・・?」



「僕はすでにこの本を見ている」



2人「・・・・・?!」



突然ドアが開いて向和尚が帰ってくる


志織「あっすいません、勝手に本読ませてもらっちゃって・・・」

「いや、かまわんよ」


どっかりと体を正面のソファーに沈めた

そして3人をゆっくりと確認した



シャンタン「ここはとてもいい所ですね。特にこの研修所のあたりも何か癒されるというか、独特の波動を感じますよ」



「ほう、よくわかるな。ここは大昔、病院だったんじゃよ」



3人「病院?!」




「当時はまだ南北朝の戦乱の世。貧困や病気で苦しむ人が後を絶たんかった

開山様はとても身分の高いお方だったが、そんな庶民のために病院施設を設けて、自ら食事を世話し、患者を風呂に入れてやり、誠心誠意尽くされたそうだ

あの時代に民衆の為の病院施設など誰も考えもできんことだったろう

最初の病院といわれる江戸の小石川療養所ができる300年前のことじゃ」


志織「マザーテレサみたいな人ね」


「ほう、面白い事を言うな。ワシもそう思っちょる」




「ところで・・・」


Aは例の写真を示して
「これ、この本の内容はわかりますか?」


向和尚は写真をひと目見るとまじまじとAの顔を見つめた
「なぜこれに興味を持ったのかな?」


「実は僕達はあることがきっかけで、人間の意識成長を促す情報を探しているんです。もしやこの本もそうではないかと」





「これは長い間、封印されてきた書だ。最初の1ページ以外はな」




A「最初の1ページ?」


「うむ。禅堂では毎年12月1日から8日まで蝋八大接心(ろうはちおおぜっしん)という行がある。これは一週間不眠不休で坐り続ける荒行だ」



3人「一週間?・・・一睡もせずに・・・・?」


「いかにも
最初は睡魔との戦いだが、4日目を過ぎたころから天地一体の絶対的境地に入ることができる」


志織「気持ちよさそう」



「その大接心でな、初日に老師が『禅と仏法の3つの宝』をお読みになる。それがこの秘蔵本の1ページ目に書かれてある事だ」



A「その3つの宝って何ですか」



「ひとつ目はダーマ、宇宙の法そのもの

ふたつ目はその法を体得し伝えていく存在、すなわち師と弟子という器だ

そしてみっつ目は法を護(まも)る存在・・・」



A「法を護る存在?」


「さよう。護法の神、それすなわち『弁財天』」


「!!!」



「3つの宝の中でも最も尊いものが護法の神『弁財天』だ」



シャンタン「しかし禅では神仏崇拝はしないでしょ?外側のものを拝むのではなく自己を究めることが禅だと思っていましたが。」



「いかにもそのとうり。ワシは一般に言う神や仏は信じておらん」



志織「それって矛盾しません?」



「矛盾などせんよ

『大弁財天』は宇宙の根源エネルギーの象徴であり、それは言葉では言い表わせないほどのものだ

感応するしかない



『そういえばあの赤い巻き物・・・・・<ワレ弁財天ハ陰陽別ルル前ノ根源ナリ>って』



向「表紙の龍は根源エネルギーの象徴だ」



シャンタン「その本の内容はなぜ封印されてきたのですか?」




「ワシも知らん・・・しかしあんたらも不思議な人らだな。すごいタイミングで来られた」




急に小さな声で
「これはごく内輪の話しだが、近くその内容が公開されるかもしれん」



3人「!!!」


「方広寺の長老達の話しでは、機は熟したとのことだ」



A「それはいつですか?」




向「春になれば芽は自ずと顔を出す。誰も引っぱり出すことはできん」






・・・・・・・・・・・・・・・・





Aはすっかり方広寺に魅せられ、その後ことあるごとに足を運んだ


東京から「ひかり」で1時間半で浜松に着く
考えてみれば近い距離だ


セミナー会社への不満はつのる一方で、自分の進路を迷う日々が続いていた



そんな時に出会った伝統禅


一切の無駄を省き、「いまここ」を徹底して生きることを目指すその姿勢に、誠実さと美しさを感じ、Aは日を追うごとに禅の世界に魅せられていった



向和尚と語らうのも方広寺に来る大きな楽しみだった


まったく違う人生を歩んで来た二人だったが、不思議なほどに話しが合った



向和尚は言った
「人は一人で生きているのではなく、様々な関係性の中で生かされておる
したがって人生というもんは何時、誰と出会うかで決まるんじゃ」



『ということは、向さんとの出会いが僕の人生を変える可能性もあるってことか・・・』




『3つ目の鍵』の秘密はぜひとも自分で解決するんだという想いも、ますます膨らんでいた



あの時のダルマージから受け取った
『大いなる世紀が明ける時、あなたの本来の活動が始まるだろう』というメッセージから、20世紀中に『7つの鍵』が全てそろうのだという予感を持っていた


トマス伝の解読には一年もかかったのだ

あせることはない


おそらく秘本を見せてもらえたとしても、まだ当分先になるのだろうという気がしていた






ところが・・・秘本を見るチャンスは意外にあっさり訪れた






翌年(平成3年)一月


いつものようにひょっこりと研修所に現われたA


向和尚との会話は一時の心のオアシスになっていた




A「僕の人生での最大の気づきは、自分がとるに足らないあたりまえの人間だってわかったことかもしれない」


向「わっはっは」




「と同時に、自分は宇宙そのもので僕らはみんなひとつのものじゃないかって」


「そのとおり!」



「言いにくいけど、こういうお寺って権威主義に見えてあんまり好かないな。だって悟りって一番あたりまえの体験であって、宗教の専売特許じゃないわけだし。こういう権威主義がむしろ真実を民衆から遠ざけていると思うんだけど・・・」


「わしもそう思うよ。しかし同時にこのような修行体系が完成されているというのは人類の宝でもある」




そういえばダルマージも、日本で完成された禅は人類の宝だって言っていたな




「大切なのは知識ではない。むしろその知識を全部落として純粋無垢な自分に戻った時にそれはあるんだ」




研修所の窓の外にチラチラと粉雪が舞い始めていた


この静けさの中で何百年にもわたり多くの修行僧達が厳しい修行生活をしてきたかと思うと、この場所全体に歴史の重みのようなものを感じた




「悟り」と呼ばれる人間意識の最も高い境地を体得し、それを次の世代に伝えていく


その一筋の伝灯が師から弟子へ、今もなお受け継がれているのだから、それはとても尊いことだ

目の前にいるこの和尚も、数十年間の坐禅修行を経て、その灯火を体得した1人だ




それにしても向和尚のこの自然体はどうだ


経験を積んだ禅寺の僧侶というのはもっと尊大な態度でいると思っていたが、なんの気負いも奢りも感じられない




本物とはまさにこういう人を言うのかもしれない




そのとき、所長室の電話が鳴った


向「そうですか・・・いや、ありがとうございました」

そう応えながら目の前のAに視線を向けた


「今夜見せてもらえるそうだよ」

「え?何を?」


「秘本じゃよ。実はなワシは先週一足先に見せてもらったんだ」


「!!!!・・・もう見たんですか?で、で内容は・・・?」



「自分で確かめたほうがよかろう。聞くところによると、見た者を悟りに導く書だそうだからな。ハッハッハ・・」


「・・・・!!」



「本来ならば修行僧にしか見ることは叶わぬ代物だが、ワシの友人だからと特別に許可を貰っておいた
今夜寺務所が終わった後なら見せてもらえるそうだ」



あまりに突然の展開だった


人を大いなる意識に誘うという7つの鍵


そのひとつひとつが、実際にAの前で明かにされてきていた


そして今、3つ目の鍵が・・・





『大いなる世紀が明け、電線が地下に潜る時、

地下に神の経(みち)、通信網が張り巡らされ、

それが地球の神経となり、大地の身体は完成する




さらにその身体に見合う大いなる意識が人々の心に目覚め、

地球神経網を満たし計画は完了する




その実現を促すは、政治家にあらず、

宗教家にあらず、

ひとり一人の意識変革に他ならず



それは小宇宙と大宇宙の融合なり


それは個別意識と地球意識との合体なり


時来たればすみやかに、7つの鍵用い人々の心の扉を開けよ』






「ちょっと電話お借りしていいですか」

「ああ、かまわんよ」


なにはともあれ、このことをシャンタンに連絡しなければ

彼も同じようにずっとこの日を待ち望んでいたのだから



Aは手帳を開くと、高揚する気持ちを抑えるようにして受話器を手に取った


「もしもし、あっシャンタン・・・・じつは・・・・・・突然今夜・・・・」


「・・・そうか、いよいよだね

A君、つい昨日、僕のほうにも大きなメッセージが飛び込んできたんだ

アメリカのボブからね」


「ボブから?」


ボブといえば、あの天河神社の磐座(いわくら)で光に包まれる体験をし、鍵の秘密を受け取った男だ


実際に会った事はなかったが、古文書によって彼の体験が予言されていたことから、非常に重要な存在に感じていた




「彼がアリゾナにあるホピ族の居住区を訪れた時、また例の光に出会ったらしいんだ

ボブによると、この7つの鍵は上部の3つと下部の3つに分類され、その真ん中に要となる鍵があるらしい

その要はすでに長い歴史を持ち、これも日の本の国で守られているということだ

そしてね、下部の3つの鍵は転生した虹の戦士達の各々(おのおの)に、何らかの形で直接伝授されるらしい

しかもこの3つは特定の形を持たず、その戦士に最も適した形を取るそうなんだ」




「・・・よく理解できないけど・・・その3つはもうどこかで発見されているの?」



「残念ながら今の時点では、そこまでしかわかっていない
とにかく常識を超えた力が、いまこの地上に作用し始めていることだけは確かだ

ボブのルーツでもあるホピ族は、マヤ文明にも深く関わっていて、彼らの予言では2012年という年がターニングポイントになるという話だ」



「2012年・・・?!」



いま巷では、まことしやかに1999年7月の地球滅亡説が唱えられている

もっともその話は、中世の預言者の抽象詩を題材に、ひとりの如何わしい作家によって書かれたもので、これといった必然があるわけではなかった




「その年が近づく頃になると、地球の温暖化が深刻な社会問題となり、様々な異常気象が地球のあちこちで観測されるということだ

それと時を同じくして戦士達の活動も活発になるのだそうだ」






その夜、方広寺寺務所応接間


和室の中央に写経机のようなものが置かれ、その前に正座して一人待つA


小さなストーブが焚かれてはいるものの、20畳ほどの広い部屋は寒さが津々と身に凍みる



いよいよこれから、あの夢の中に現れた秘本を実際に閲覧できるのだと思うと、胸の高鳴りを抑える事ができなかった




人を悟りに導く本



もしそれが本当なら、それを世界中に公開することで、一気に人類の波動を引き上げる事ができるのではないか



この世の戦争も環境破壊も、人間の自己本位の考えがもたらした結果であるならば、自分が地球そのものであり、全ての人は自分の兄弟姉妹だという理解が、それらを解決させる唯一の道のはずだ



まさかこのような寺に伝わる秘本が、まやかしであるとは考えにくい



中身を確かめたら、向和尚に全面的な公開をせまろう



Aの心は逸るばかりだった






しばらくして向和尚と老僧が部屋に入って来る



机をはさんで2人がAの前に座った





向「こちらがお話ししたAさんですわ。こちらは方広寺の事務局長の橘さんじゃ」


A「よろしくお願いします」



橘「お若いのにまた珍しいものに興味を持たれたようですな」


A「ええ、今胸がドキドキしてます」




橘「もう向さんから聞かれたと思うが、秘本の中身は長いこと封印されていましてな、もし明治のあの事件がなければ今だに中を見ることなどとてもできんかったでしょう」


「あの事件?」



「明治の初めに方広寺が全焼するかのような大火事がありましてな、そのどさくさの中でひとりの僧が禁を破って秘本の内容を見てしまったんですよ」


「・・・」



「そして見性なされた(悟った)」



「!!」





「それがきっかけで当時、一旦は封印が解かれはしたんですが・・・」



橘「当時すでに樹齢500年に達していた半僧坊杉と呼ばれる御神木だけが、不思議な力で焼け残るという、ものすごい大火だったと聞いております」





明治×年



ベキベキ・・ゴーゴー・・


深夜の闇を引き裂くように火花が音を立てて飛び交っている




猛火に包まれた本堂を慌ただしく行き来する雲水達


大きな音をたてて柱が倒れてくる


怒鳴り声、悲鳴、叫び声がこだまする





方広寺宝物殿

燃え盛る炎の中を仏像や古文書などを運びだす雲水達




その中に数十年間の修行を積んだ中堅の僧「柴田唱道」の姿があった



彼は修行のかたわら寺務所の帳簿役を勤めあげ、まじめで評判の僧侶だったが、いまだ見性(悟り)には至っていなかった。


やるべき努力をしているにもかかわらず、いっこうに悟ることのない自分にあせりと失望を感じる毎日だった




そんな彼が常日頃から耳にしていた噂の中に、開山様(皇子)が元国から持ち帰った秘本があった


その噂とは『秘本の中身を目にすれば誰でもたちどころに悟りを得る』というものだった



だが秘本封印の掟は固く、いつも宝物殿の一番奥の部屋の引き出しの中に漆塗りの黒箱に収められたまま、厳重に保管されていたのだった




いつか死ぬまでにひと目その内容を見たいというのが彼の長年の夢になっていた


しかもその時初めて自分は悟りを得られるのだという、確信めいた予感さえ持っていた




彼は毎日のように秘本の中身を想像し、人間を悟りに導いてくれる深遠な力が自分の身に降りかかる日を待ち望んでいた




すでに数百年間も封印されてきた書である

自分が生きている間にその封印が解かれる可能性は極めて低かったが、最後は刺し違えるくらいの気で、命を懸けてでも中身を見ようと、心の奥で密かに決めていた





そんな彼の執念が実ったのか、そのチャンスは思わぬ形でやってきた



猛火の中それが今、柴田唱道の目の前にあるのだ



決して触れることさえ叶わなかった漆塗りの黒箱


その黒箱には金糸を編んだ紐がかけられている



パチパチと燃え盛る炎の中で彼は金縛りにでもあったかのようにそこに立ち尽くしていた



雲水「唱道さん、危険です、早く逃げてください!!」


唱道「・・・・・・」


ついに意を決して金色の紐に手をかけ漆塗りの黒箱の蓋を開けた


中から秘本がその姿を現した



そして何かに取りつかれたかのように表紙をめくり・・・さらには封印のページを開いた。




そして・・・



唱道「!!!」




炎の中に唱道の驚きに満ちた横顔が浮かびあがる



今にも崩れ落ちそうな猛火の中にあって、彼の時間だけが停止していた




彼の存在の全てがその瞬間にあった




そしておもむろに

「わははは・・・・・わははは・・・・」


唱道の笑い声があたりにこだました




あまりの異様な笑い声に、数人の勇気ある雲水が奥の間に飛び込んできた




「唱道さん!しっかり、気を確かに!!」



まったくもって放心状態の唱道を抱きかかえるようにして燃え盛る炎の中を脱出した




唱道の手には秘本がしっかりと握られていた





翌日、焼け落ちた本堂の周りでは多くの村人や僧侶達が後片付けにおわれていたが、昨夜唱道が猛火の中で封印された秘本を読んでしまったことは、たちまちの内に皆に知れわたっていた




しかも彼は悟りを得ていた



この噂はすぐに管長老師の耳にも届き、老師は唱道を一目見るなり彼が見性(悟り)したことを認めた



長老達が集まって封印の掟を破ったことへの事後策を検討していた頃、唱道は一人方広寺を後にし、その後は行方が知られなかった




この事件の後、青年僧を中心に、唱道を悟らせた秘本のパワーを公開するべきだとの論議が巻き起こり、その結果、ある一定の修行を積んだ者にのみ口外無用の条件のもとで特別に秘本を閲覧する機会が与えられることになった



しかしその後、秘本を見たことで悟りを得たというものは誰一人いなかった



長老達は再び集まり、秘本の力が衰えるのを危惧して、以後100年間の封印を決めた






橘「もしあの時、雲水が唱道の笑い声に気づかなければ、秘本は誰の目にも触れずに唱道と共にこの世から姿を消していたでしょうな」



A「・・・・」



向「そして100年が経ったわけだ」




その時、襖がすっと開いてもう一人の若き青年僧が入ってきた


手には漆塗りの黒い箱を持っている



彼はAのそばに座ると、手に持っていた黒い箱を静かに机の上に置いた



青年僧は白手袋をした手でゆっくりと金糸の紐を解いていく


固唾を飲んで見守るA



蓋が開けられ中から秘本が取り出された




青年僧「どうぞ」


Aは白手袋をはめ、緊張の中でついに秘本を手にした




ひとつ深呼吸をし、心を整えてゆっくりとページをめくる



最初のページには何やら漢文が並んでいる



『第三夜示衆ニ曰ク…昔 弘法大師嘗テ大日如来に祈請シテ曰ク

誰カ是レ護法ノ最上ナルヤ

如来告ゲテ曰ク

弁財天ニシクハナシト』


どうやら護法の神「弁財天」の件(くだり)のようだ


弘法大師?!

彼は若かりし頃、天河で修行をし霊感を得たと聞く

ということは「弁財天」って「天河弁財天」のことか・・・?!




何てことだ!

これはどういう因縁だろう

いったいこの先何が書かれているって言うんだ?!




息を呑みながらいよいよ次のページへ





長い歴史の中で、厳重に封印されてきた問題の箇所だ





A「!!」




驚いたように次のページへ・・・





「!!!」





次々とページをめくっていくA

「こ、これは・・・」





呆然と向和尚に顔を向ける





向「さよう、全て白紙だ」





「!!!」




しばらくAの中で重苦しい沈黙が渦巻いた。





向「白紙の中の文字を読み取るしかなかろう」



<何も書かれていないページには何が書かれているのか>


まるで禅の公案を突きつけられたような結末に途方にくれてしまった



「これを見て悟ったお坊さんは、いったい何を見たんだろう」



「唱道の長年にわたる秘本への期待と緊張が一気に解けたとき、彼は何かを理解したのだろう

それは彼にしかわからないことだ

悟りも、そして悟り方も、人間の数だけ存在している

行き着く先は同じでも、行き方は無限にあり、それは唯一無二のものだ

誰もが独自の花開き方をする

この秘本によって悟りを得るとしても、そのきっかけは人によって様々だろう」



寺の夜の静寂(しじま)が、あたり一面に浸透していた



向和尚、橘和尚、そして青年僧と自分

広い和室の傍らに置かれた石油ストーブの上では、静寂を破るように、沸騰したヤカンがシューシューと音を立て始めた


それは劇画の中の出来事のように、その光景は黒のインクだけで描かれた無彩色の一コマに見えた




「悟りとは『する』ことではなく『起こる』ことなんだ」



「起こる?」



「それは彼方なるもの

思考の延長線上ではなく、思考を越えたところにある大いなる気づきだ

それは因果関係を超えていて、ふいに訪れる」




・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・





その1週間後


天河神社の禊殿(みそぎでん)の玉砂利に、厚いコートを羽織ったままあぐら坐りをするシャンタンとA



冬だというのに風も無く、穏やかな午後の日差しが杉の木立に降り注ぎ、あまった光がまだ新しい社殿の朱色を光り輝かせている



シャンタン「実はね、秘本の中身は思った通りだったんよ」


「え?」



「なんとなくそんな気がしていたんだ」


「・・・・」




「7つの鍵はこの世のものではない

それはこの世と彼方なる世界をつなぐ鍵であり、戦士それぞれが鋳造し作り上げる性質を持っている


クンタがバリ島からもたらした最初の鍵も、ダルマージから受け取った2つ目の鍵も、その使い方や解釈の仕方は、戦士の個性に委ねられているんだ

早かれ遅かれ戦士達は自分独自の鍵を理解し、それを使って多くの人たちに出会っていくことになるのだろう」




7つの鍵という揺るぎない実体が存在し、それがすべて揃うことで魔法の力が出現するようなイメージを持っていただけに、Aは少し戸惑いを覚えていた


というより、それは自信の無さのような感覚だった



独自の7つの鍵と言うけれど、この先自分にそれを理解する力があるなんてとうてい思えなかった


クンタがもたらした大いなるものとの一体感への道や、トマス伝に書き残された時間を超えた世界



そしてそこに向かうはずの第3の鍵・・・それは白紙だった・・・





またすべてが霧の中に霞んでしまった



また振り出しだ


結局ここまできて何一つわかっちゃいないじゃないか




そんなAの迷いを見抜いたかのようにシャンタンが言った



「Aさん、虹の戦士の話を覚えているかい?」


「ああ、90万年前にオリオンから飛来した魂の集団のことでしょ」



「もうわかっていると思うけど、君も僕もその仲間のひとりだよ

おそらくそれは数百、数千の数になるのではと思っている

僕らは今生で、地球の魂を向上させる役目を担っているんだ

それはすでに定められた宿命


Aさんは3つめの鍵を手に入れてくれた重要な人だ

そんなあなたにできないはずがないじゃないか」




禊殿のすぐ横を流れる天川の支流のせせらぎの音に混じって、カッコウの声がこだました


都会の喧騒からは想像もできないほどの静けさが2人を包んでいた






方広寺の巻  完







7つの鍵の巻へ  

Posted by Blog Ranking at 09:40方広寺の巻