2007年05月23日

セミナーの巻

平成元年10月
(インドから帰った翌月)



渋谷道玄坂のビルの1Fにあるガラス張りの喫茶店


都会の雑踏を流れゆく人の、顔、顔、顔・・・

気のせいだろうかみんな同じような顔に見える



眉間にしわを寄せ、何かの問題を抱えているような深刻そうな顔が続く



街角で待ち合わせをしていた相手を見つけると、急にその顔に笑顔が浮かんで声を掛け合っているが、その笑顔も本物じゃない


それは生活の中で身につけた偽の顔

その表情の裏側では、あいかわらず深刻そうな顔が油断なく周囲を窺っている


外側からは見えなくても、みんな何かの問題を抱えているようだ




それは過ぎてしまったことに対する後悔なのか

それとも未来に対する心配なのか

家族の問題か、人間関係のことか、仕事のことか、お金のことか・・・・



このまま時が過ぎ去って、10年もしたら、今抱えている問題はどうなっているんだろう



きっとその時はその時で違う問題が生まれて、また同じような顔をして生きているのかもしれない




みんな何処に向かっているんだろう


どこにも向かうところなんかないのに、足を止めればいつも今なのに、これからもずっと今なのに、みんなどこに向かっているつもりなんだろう


もし今、宇宙から「悟り光線」のようなものが地上に降り注いで、みんなが自分の抱える問題が、自分が作り出した幻想だったことに気づいて、過去も未来もなく生きるとは今を楽しむ事だって知ったら、世の中の問題は一気になくなってしまうだろう





それに僕らがみんな同じ源から命を供給されている同じ生き物で、姿かたちは違うけれど本当は僕らがひとつだということを知ったら、みんなで安心できるのに



そしたら地球中の人類みんなが兄弟姉妹になって、みんなで分け与えながら暮らす事ができて、飢えで苦しむ人もいなくなって、もちろん戦争だってなくなって・・・




あれ?

これってジョンレノンの「イマジン」じゃないか



なんだ、彼も同じ内なる経験をしたことがあるんだ・・・




世界中にはそんな人たちがすでにたくさんいて、自分のやれる範囲の中ですでに多くのメッセージを発信しているんだな



そうか、一人じゃないんだ




仲間がいるんだ・・・




そんなとりとめもない事を考えているところに、細身のスーツを着こなしたキャリアウーマン風の女性が現れる




Aの仕事仲間で大手広告代理店H堂のCMプランナーだ



喜原志摩子「遅れてごめん・・・どうしたのボーっとしちゃって」


「やあ」


「ずいぶん長いオヤスミだったね、いったい何してたの?」


「何って・・・一言じゃ言えないよ、それに言ったって信じてもらえない」


「あれから大変だったのよ、急にいなくなっちゃうから」

少し皮肉を込めた言い方で志摩子は言った


そういえばCM製作のプロジェクトが始まっていたのに、天河に住み込んでしまった


後の事はなんとかなると思っていたけど、なんともならないこともある


彼女にもずいぶん迷惑をかけた



志摩子は気の知れた友人だからこれですんだけど、他の仕事はそうはいかないだろう



それにAの心はすでに業界からすっかり離れてしまっていた






「実はね、今日は仕事の話じゃないんだ。あのね、この間私、凄く面白い体験したの」


「ふうん」


「最近流行の自己啓発セミナーって知ってる?

それが普通のセミナーじゃなくってね、まあなんというか感動的というか、仕事にやる気が出るっていうか、とにかくあなたもやってみない?」



「僕はいいよ」



「内容知らないからそんなこと言うのよ。意識の成長には最高よ」


「意識の成長?」




「ほら興味持った。A君ならきっと興味持つと思った」



「でも・・・今はいいよ」


「なに言っているの、今しかないでしょ。とにかく行動しないと結果は手に入らないわよ

何事もやってみなきゃわからないじゃない」


志摩子は確かに自分の考えをはっきりと伝えるタイプではあったが、それにしても仕事以外のことでここまで押してくるのは尋常ではない


しかも東大出の誇り高きキャリアウーマンだ


なにが彼女をここまで突き動かしているのか興味を持った




「なんだか君、変わったね」



「そうでしょ?凄く積極的になったの
今まで小さなことにこだわっていたことがバカみたいよ」




ウェイトレスが彼女の注文をとりに来た

ダージリンティーを注文すると、バッグの中から小さな用紙を取り出した




「そうと決まればここにサインしてね」


複写式の申込書だ



「ここに明日までに9万円振り込んで・・・日程は来週の金・土・日・・・

それから月曜日はインタビューっていうセッションが一時間あるからそれも空けといてね」




「え?ちょっと待ってよ。まだやるとは決めてないよ」


「何言ってるの。まず決めちゃってから考えなさいよ」




「ずいぶん強引だな」



「強引じゃないわ、これも愛なのよ、愛」



愛?!


そんな照れくさい言葉を口にするようなキャラじゃなかったはずだ



とにかく何かが彼女に影響を与えたことだけは確かだ


それが何なのか、興味は膨らんでいた



もしおかしな宗教ならば、友人として忠告してあげなければいけない



それに、直前で気が変わったら行かなければいい





Aは言われるままに、用紙に名前を書き込んでいた







東京 四谷

セミナー会社 「人生力学研究所」



中規模ビルの2F、3F、4Fを借り切り、2Fと3Fが大きなセミナールームになっている



そのセミナールームに隣接する受講生控え室

窓際の隅のほうで、なんとなく居心地の悪いA



男女の比率は同じとはいえ、Aと同じ30歳代はまばらで、多くは20代の若者達がしめていた


服装から髪型まで、ひと目で自分がこの会の異邦人だとわかる




しかもAは天河神社での奉公前から髪を切っておらず、長く伸びた髪を後ろで束ね、さしずめ野武士のような風貌だった




気持ちを落ち着かせようと目を閉じたAの耳元に、同じクラスで受講するらしい数人の声が聞こえてきた




「内容聞いてきました?」

「いえ、何度も聞いたのに、内容は言えないって・・・」



そばにいた他の受講生も話しに割って入ってきた

「あなたこの団体どう思います?なんか怪しい雰囲気ですよね。
帰りに何か売りつけられないように注意しましょう」



「そうなんですか?」




みな一様に不安気なのが、声や話の内容からも伝わってくる


おそらく自分同様に、紹介者の言葉だけを信じてここに訪れたのだろう




セミナールームの中はガランとしていて、分厚い窓が厳重に閉められ、その上から遮光カーテンがひかれ、さしずめ大きな防音スタジオのようだ



約100個ばかりの椅子が整然と並べられ、一番後ろにはアシスタントの名札を付けた卒業生達が、これまた緊張した面持ちで前を向いて椅子に座っている



そのうち会場に音楽が鳴り響いた


「2001年宇宙の旅」のメインテーマ、「ツァラツストラはかく語りき」だ




場違いとも思える大げさなイントロが終わると同時に、トレーナーと称する中年の男性がグレーのスーツに身を固めて前に出てきた


「ベーシックセミナーにようこそ」




志摩子のやつ、精神世界のセミナーって言っていたけど、この男はまるで羽根布団の販売員みたいじゃないか



Aは、これから過ごすであろうこの会場での3日間を考えて少し憂鬱な気持ちになっていた




トレーナーが話を始めた



内容はこうだ



我々の日常のほとんどは自動反応によって作られている


何かを見た瞬間、自分の中で自分なりの反応が引き起こる

いいとか悪いとか、綺麗とか醜いとか・・・

そして、いい気持ちになったり嫌な気持ちになったり



同じものを見ても、同じ現実を目の前にしても、人によって感じ方が違う


たとえばトレーナーの私を見て、いい人と思ったり嫌な人と思ったり、上司のようだとか、優しそうとか生意気だとか・・・悪徳商法の布団の販売員みたいだとか・・・




<ドキ!!見抜かれた>




その見方は人によって違う

同じ現実なのに、何故人によって違うのか



それは、人それぞれに価値観、判断基準が違うから


それを総称して「観念」という




それでは、その観念は主にいつごろ形成されるのか


それはなんと、0歳から12歳までのあいだに、8割がた形成されている


考え方や感じ方、人生観や自分観、人間観といった生きる基本姿勢の多くが子供時代に作られている




そんな時期に作られた観念には、間違いや勘違い、自分の生きたい人生を無意識に妨げているものもあるかもしれない



それなのに大人になった今も、その観念によって人生を作り出しているとしたらどうだろう




<さらに話は続いた・・・>




それら観念に覆われた中心にはなにがあるのか



そこには生まれながらの命の本質がある




それは汚れなき穢れなき、光り輝くダイヤモンドのような存在だ




このセミナーでは、自分本来の輝きを止めている観念の掃除をして、本来の光り輝くダイヤモンドの自分を手に入れていくのが目的だ





そこまで聞いてAは思った



ふーん、自己の本質か・・・


なにやら西洋ナイズされた論調だが、言っている内容は東洋の禅思想そのままだな



あとになって、このようなセミナーはアメリカから輸入されていた事がわかった



ベトナム戦争で人の心が荒廃した60年代に、アメリカでヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント(人間性回復運動)が巻き起こる


その時、西海岸のエサレン研究所を中心に、さまざまなワークショップが考案され、その一部が日本にもこのような形で輸入されていた


そんな研究機関がもっとも注目したのが日本に伝わる「禅思想」であり、いわばこのてのセミナーは逆輸入といえるものだった




日本に輸入された当時、それは日本人の心への貢献というより、短期間に多額の金銭を稼ぎ出す手段としての色合いが濃く、対象は会社経営者ら高所得層が中心で、受講費も100万円を上回っていた



その後、受講対象が広がるにつれ料金設定も変わっていったが、それでもまだ決して安いとはいえないものだった



そのような発想のもとで生まれたセミナーだっただけに、Aが受講した当時はすでに数十社のセミナー会社が乱立し、それらの主催者達の多くは過去の経歴のはっきりしない者達だった





そんな暗い背景とはうらはらに、その内容には的を射たものが多く、Aもしだいにそのセミナーに魅了されていった




その中でも、「赤黒ゲーム」と「選択の実習」は心に深く残るものだった





「赤黒ゲーム」




このゲームは参加者を2つのグループに分けて行われた



トレーナーからは勝つことが目的のゲームだと伝えられる

しかし勝つという意味は、相手を負かして自分が優位に立つことではなく、「共に勝つ」「Win・Win」が目的だったことを後になって知らされる

そしてそのゲーム中に自分が勝とうとしてとっていた態度は、そのまま最近の人間関係を表していると指摘される


ここにきて多くの受講者たちは、実際の自分の生活における、他者への隠された態度を思い知らされる


夫婦関係や仕事の同僚や友人関係において、いつも相手を負かそうとしている自分を発見するのだ






「選択の実習」



大きな二重の輪になって並び、内側と外側が向かい合う

そして目の前の相手としたい体験を自分が選択し、その意思を無言のまま指の本数で相手に伝え合う


1本が無視

2本が視線を合わせる

3本が握手

4本がハグ


自分がしたい体験を相手も望む保証は無く、比較的意思表示が苦手な日本人は、戸惑いの中で実習に参加していく

目の前の相手とのやりとりが終了すると、皆で一歩左に移動し、新しい相手と向かい合う


最初のうちは無難に2や3を出し合っているが、そのうち4を出す人が増え始め、あちこちからすすり泣きの声が聞こえてくる

普段他者に対して警戒心を持っている自分の心に、小さな風穴が開き、そこから愛があふれ出す、そんな体験を多くの人がし始めていた


Aもその一人で、自分自身のことというよりは、多くの人たちのそんな感動を見ているうちに、このような実習が現実に存在し、そして効果をあげていることへの感動だった




講義によって頭に訴えて始まったセミナーは、いつしか感性に直接触れる内容に変わっていた


いわば左脳から右脳にシフトした内容に変わっていた




朝9時から夜の9時

最初は長く感じた受講時間も、二日目くらいから参加意識が高まったせいだろうか、あっという間に過ぎていった



最終日、そして最後の時間


目を閉じて立って並んだまま、この3日間の振り返り瞑想をしていた

部屋は照明が落とされて薄暗く、そこにトレーナーの甘い声がBGMに乗って流れた


最初のうちはしらじらしく感じていたこのような演出にも、いつのまにか自然にはいりこんでいる自分がいた



トレーナーがこのセミナーを紹介してくれた紹介者を思い出すように告げた



そうか、志摩子もこれを経験していたのか

どちらかといえば格好つけ屋の彼女が、ここまで強く勧めた理由がわかり始めていた



「これも愛なのよ、愛」

などと恥ずかしげもなく言い放った彼女の心が理解でき、心の中で感謝を伝えていた



その時トレーナーが言った

「それでは紹介者の顔を思い出しながら目を開けてください」


目を開けると、参加者以外にも大勢の人間が目の前に立っていた

薄暗くてよくわからなかったが、あちこちから歓声や涙声が聞こえてきた


目を凝らしてよく見てみると、そこには花束を抱えて立つ紹介者の志摩子の姿があった



その瞬間、理屈を超えた感動が身体を走った

「ありがとう!」

「おめでとう!」


志摩子は目を潤ませながら指を4本差し出した


ハグのメッセージだ


Aは初めて志摩子と抱き合った



それは異性に対する興味のそれではなく、人間同士の共感からくる抱擁だった



薄暗い会場をすすり泣きと感動が包む中、ベーシックセミナーが終了した




ベーシックセミナーの後には、アドバンスセミナーが待っていた

3泊4日で受講費は26万円と高額だったが、Aはすでに参加を決めていた



魂の成長の方法論を探し始めていたAにとって、このようなセミナーの存在を知ったのは大きな収穫のように思えた


指導するトレーナーや、正体不明のセミナー会社に対する違和感もあったが、それ以上に、会場内で引き起きている現実には強い興味を感じていた







一週間後から始まったアドバンスセミナーには、違うトレーナーが登場した


ベーシックの時のサラリーマン風の男から、どこか野性的な風貌を漂わせた男とインテリ教員風の女のコンビに変わっていた


どちらも無表情で、眼光だけが鋭く、冷たい感じがした




男のトレーナーは壇上からいきなり威圧的態度で、ベレー帽をかぶった参加者の青年に言った


「あなたは何故室内で帽子をかぶっているのか」

「かぶりたいからです」


「禿を見られたくないのか」

肉体的なことに触れてきた無神経な態度に、参加者の多くが反感を持った


「違います、禿げてません」

「では何故かぶっているのか」

「だから・・・かぶりたいからです」


参加者の青年も顔を赤らめて、この無礼なトレーナーに必死に対抗していた




高額な受講料を支払い、ベーシックセミナーで顔なじみになった者たちとの再会に浮かれていた、そんな和やかなムードが一気に吹き飛んだ


「あなたはそうやって帽子をかぶることでしか自分を表現できないのか」

「・・・・・・・」


「そうやって特別意識を楽しんでいるだけだろ」


次々と突っ込んでくるトレーナーの執拗な攻撃に、青年は言葉をなくし始めていた


「ここでは見せかけは通用しない

その社会的なポーズの奥に隠された、本当のあなたに直接関わっていく」


参加者の多くは、強硬なトレーナーの態度に反発を感じていたものの、「社会的な見せかけの自分」という言葉に思い当たるものがあるのか、その場のムードにすっかり飲まれ始めていた




ただ一人、Aだけは冷静にことの全体を見渡していた


我々は皆、社会の中で仮面をつけて生きている

こう見られたいとか、こう見られたくないとか、偽の自分を演じて生きている


このセミナーの中では、そのやりかたは通用しないと言うのか



面白い

望むところだ



このセミナー会社や目の前のトレーナーがどれくらいの存在なのか、反対に見極めてやろう


Aの心の中には闘志のようなものが湧いていていた



セミナーが進行する中でAはわざと反抗的な態度をとっていた

トレーナーがどのような態度で関わってくるのかを見ることで、このセミナーの深さを見極めるためだった



仮面をはずして正直に関わることを求めたのはセミナー側だ

どこまで本音が通用するのか、トレーナーの威圧的な態度に対する反感をそのままぶつけてみた



トレーナーもAは初めて相手をするタイプだったらしく、あきらかに他の受講生に対する態度とは違い、むしろAの言動をやんわりと肯定するかのようにその場を切り抜けようとしていた



Aはますますその言動をエスカレートさせていった


そのたびにセミナーがストップし、2人のトレーナーが別室に消え、Aへの対処を協議しているようだった



もしこのまま受講を辞めるように言われれば、素直に応じるつもりだった

そこまでのセミナーにすぎないことがわれば、それでいいと考えていた




少しして、社内で一番のリーダー格の男性トレーナーが顔を出した


男は妙に落ち着き払った顔で、Aの前に立つとこう告げた

「あなたは何を望んでいるのか」


Aは言った

「何も望んでいない」



しばらく無言で目と目を合わせていたが、男は静かにこう言った

「あなたがここに来たのはあなたのためではなく、共に参加した人たちがここで価値を掴むように援助するためですよ」



まったく意外な方向性の言葉にAはすこし戸惑った



「やってくれますね。あなたはトレーナーなのだから」




おだてられたとも、なだめられたとも思わなかった

目の前の男は事実を言ったと素直に受け取る事ができた




Aは同意した



その後Aは今までの態度とは反対に、周囲に力を与えながら実習に参加していった



周囲の参加者のために参加する


それは自分がこの場で学ぶために一番的を射た言葉だと思った




時間が経つにつれ、あらゆるセミナーの目的はひとつしかないことに気づいた


それは「愛」について学ぶこと


そしてその学び方は「愛」を与えあうことだ




Aの心の中にはある動機が芽生え始めていた



インドで教えてもらった一つ目の鍵、タントラの愛の技法はあまりにも高度で、一般の我々がすぐに活用するのは危険だ

しかしこのようなセミナーは、誰にでもある程度の価値を作る事ができる



いま翻訳中の二つ目の鍵の内容はまだわからないが、このセミナーを体得する事は鍵にむかう架け橋になるのではないか



その後ひとつひとつの実習を終えるたびに、ひとりまたひとりと自分本来の輝きを取り戻していく参加者達の姿を見て、Aはなにか確信めいたものを感じていた





すべてのカリキュラムが終了した後、途中から出てきたチーフらしいトレーナーに言った


「僕もここでセミナーを学びたいんですが・・・」


「Aさんがここに来た時から、それは決まっていたんですよ

ベーシックとアドバンスは使う資質が違うので、両方をマスターするのは難しいが、あなたなら数年の訓練でマスターできるでしょう」




その言葉どおり、いや、それをはるかに超えるスピードで、Aはわずか半年後にはすべてのセミナーを体得し、トレーナーデビューを果たしていた



そしてあっというまに人生力学研究所のトップトレーナーに上り詰めていた

周囲が唖然とする中、Aのセミナーはますます磨きがかかっていた



「自分でも何故だか分からないが、まるで最初からすべてを知っていたかのように、勝手に身体が反応する

受講生の心の動きも手に取るようにわかる


あの時だ!


階段から落ちたあの時・・・おそらくあの時に目覚めた力だ


これが戦士と呼ばれる力か・・・?」



Aはすぐに特別待遇になり、毎日が楽しく面白く、しかもやりがいを感じながら過ぎていった





しかし、そんな気持ちも長くは続かなかった


このセミナーには大きな構造的な欠陥があったのだ




セミナーの新しい受講生は卒業生が紹介し連れてくるシステムだ


そこまではいい

自分の体験が素晴らしければ人に紹介するのは自然な流れだ

しかもそれを言葉で伝えるのは自分の体験や価値を明確にする効果がある




問題は、セミナーの中でトレーナーが一定の影響力を持ち、その影響力を使って受講生を支配し、新しい受講生を連れてくることを強制することだ


無条件に自分を愛し、自分を認めるというメッセージが、ここにきていつのまにか新規受講生を獲得すれば価値があり、できなければ人間として価値がないとすりかえられてしまうのだ



成果主義による人間評価は、末端のスタッフにまで行き届いていて、彼らはみな人間扱いされたいがために、必死で受講生をせきたて、頭の中は数だけが支配するような風潮を生み出していた


そのような会社のスタッフに志願するのは大抵が社会で認められることの少なかった者達で、会社側からそのような弱点をしっかり握られ、アメとムチによりコントロールされているのだ




Aはすぐにその現実に直面した

しかしセミナー自体は人を成長させる力がある




そんな板ばさみの中で時間だけが過ぎていき、この先の身の振り方を迷っている時、シャンタンから久しぶりに電話が入った



「翻訳が終わったんだ
すぐに会いたい」



Aは急遽一週間の休暇をもらい、再会の地「天河」にむかっていた



平成2年も秋の気配が漂い始めていた








セミナーの巻  完






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Posted by Blog Ranking at 09:38セミナーの巻