2007年05月23日
7つの鍵の巻
やはり人の運命というのは決まっているのだろうか
時として思いがけない衝動に突き動かされ、人生が大きく変わることがある
いったいその衝動はどこから来るのか
その衝動も、そのタイミングさえも天の計らいだとしたら・・・
その後Aは見えない何かに引き付けられるようにして、方広寺に近い遠江(とおとうみ)の地に引っ越してきた
セミナー会社をやめて、方広寺を舞台に自分独自のセミナー活動を展開したいという思いが固まったからだ
「信心銘」や「臨済録」を学び、長時間の坐禅を習慣とし・・・禅の心に触れながら、しばらくは独自のワークショップ構想を練っていった
秘本の白紙の意味は考えても考えても一向に理解できず、そのうちあきらめムードと共に忘れかけていった
『7つの鍵』は中途半端のままその痕跡さえも消し去ってしまったかのようだった
ある時、いつものように方広寺の石段に腰掛けてぼんやり日向ぼっこをしていると、突然セミナーのアイデアが湧いた
禅の精神を基盤に、そこに遊び心や愛の精神を取り入れた画期的な内容だった
『これだ!これなら短期間に多くの人が自分の素晴らしさに気づくことができる』
Aはそれを直感の命ずるままに3段階に分け『ユリイカ』『リーラ』『サマーディー』という名前をつけた
そして東京や大阪から友人や知人を方広寺に集めて念願のセミナーを開催した
それは親から子へ、子から親へ、友人から友人へと伝わり始め、以後ほとんど形を変えないまま長い間続いていくことになる
一つのことをやり続けるのが苦手なAにとって、それは奇跡的にも思われた
向和尚とも意気投合し、会場になった方広寺と自宅を往復する毎日が続いた
向和尚はごく普通の公務員の家庭に生まれ、ごく普通に大学を出て、ごく普通に企業に就職した
ところがある朝、元気だった父親の突然死を目の当たりにし、「諸行無常」を痛感
人生の意味と生命の真実を求めて、在家のまま参禅修行に参加する
一度目の大接心で見性(悟り)し、退職して出家得度
その後、臨済宗の重鎮、大井際断老子の一番弟子として30年間の修行を積んできた
禅の本流のど真ん中をまっしぐらに生きてきたエリートだ
言わば「歩く伝統禅」のような人だ
A「ダルマージも言ってるように確かに禅は人類の宝だと思うけど、もっと優しいイメージでやんないと現代人は興味持たないでしょ」
向「うむ、ワシもいつもそう思っちょる
どうだAちゃん、一緒にやらんか」
「OK!いいアイデアがあるんですよ
僕が向さんを重々しく紹介するから、向さんは頭の上に下駄(ゲタ)を乗っけて登場するってのはどうでしょう
皆の人生観が変わると思うけど」
「うむ・・・・・・・・面白い発想だが、やっぱりそれはやめよう」
二人はいつも禅の精神をどうやって多くの人に伝えるかを論議していた
悟りとは人間共通の存在基盤であり、大それたことじゃない
我々は全員、その存在基盤と繋がっていて、言ってみれば誰一人例外なく悟っているわけだ
やることはただその事実を認めるだけ
腹の底から「そうだ!」と実感するだけだ
その実感をどう促すか
現代人に何年間もの坐禅修行や禅堂生活は馴染まない
在家のまま、人生における最も大切な気づきを得るにはどうしたらいいか
2人のコンビで、それがどこまで実現されるのか
毎日のように、そんな話で花が咲いた
Aは自らのセミナーを主催するかたわらで、向和尚とのコンビによる禅スクールにも情熱を傾けていった
そして一年が過ぎ、また一年が過ぎた
そのうち二人は企業の幹部達を対象にビジネスマンの為の禅セミナーを始めた
向和尚が禅の精神を説明し、Aが実習を引き起こし、参加者に禅の心を体験的に実感してもらうというスタイルだった
なるべく伝統を大切に守りながら現代人に禅を翻訳していった
『ユリイカ』 『リーラ』 『サマーディー』 『禅セミナー』
参加者の反応は日を追うごとによくなっていき、Aはいつの間にか、その地域で押しも押されもしない研修トレーナーとなっていた
そして月日は飛ぶように過ぎていった
1999年秋
ある日、女性漫画家のSさんが久しぶりに『リーラ』研修をしているAのもとに顔を出した
セミナー会社時代にAが担当した受講生の一人だ
A「やあ、久しぶり」
S「ほんと、ごぶさたでした」
方広寺の参道
紅色に染まった葉が、境内を彩っている
A「・・・・で結局秘本の中身は白紙だったんだ」
S「え?何?それ面白い。ねぇもっと教えて下さい」
「もう8年も前の話しだからな」
「時間がある時でいいですから詳しい経緯をメールで送ってくれませんか」
カタカタカタ・・・
パソコンを打つ指
モニターにSさんからの返事
『おもしろ~~~い!!ねえ、それからどうなったんですか?』
カタカタカタ・・・
パソコンを打つ指
モニターにSさんからの返事
『うひゃ~~!それから?それから?これ漫画にしたらどうかと思うんですけど?』
カタカタカタ・・・
パソコンを打つ指
モニターにSさんからの返事
『ほうほう!で、その前は?そもそも旅が始まるきっかけは?』
「よ~し!こうなったら経緯を全部書いてみよう
それにこんな機会でもなければ『7つの鍵』をめぐる出来事も誰にも知られず消え去ってしまうだろう」
腹を決めて最初から真剣に書き始めた
朝も昼も夜もただ黙々とキーボードを打ち続けた
その時はまさかこんな結末を迎えるとは夢にも思っていなかった。
そもそも『7つの鍵』は謎を残したまま未完成のまま終わるはずだったし、それがその時点でのまぎれもない真実だった
しかし・・・それは突然やってきた。
随(かんながら)神 を書き始めて3週間目
一気にここまで書いてきて、ふと指の動きを止め、久しぶりに秘本の白紙のページの事を思い出していた
秘本の謎が解ければ新しいワークショップのヒントがわかるはずだった
頭の中で目の前に秘本が置かれ、白紙のページが開かれていた
何もないそのページをぼんやりと眺めていたら、突然身体中に衝撃が走った
その白いページの中から形無きメッセージが心に飛び込んできた
<そう、形無き事こそがそのメッセージだった>
それはやり方にこだわるあまり、前進できなくなっていた自分への強烈な一撃だった
それはこう伝えていた
『悟りに至る道は無限の数だけある
権威や形式に惑わされるべからず
準備はできている
さあ行きなさい』
現代人のあなたが同じ時代を生きる仲間達を導くために、なぜ遥か昔の者達の意見を待つのかと、なぜやり方や権威に固執するのかと、そんなことを言っているように感じた
白紙の鍵が理解された瞬間、それまでに見つけた3つの鍵が待っていたかのように然るべき順番に配置された
それは見つけた順に最高度なレベルから一つひとつ埋められた
さらに残りの4つの鍵も惚然とそこに姿を現わした
いや、それはもうとっくに目の前に現われていて、事もあろうにAを通してすでに活動を始めていたのだった
まったく予期しないまま突然にして『7つの鍵』が揃うと、それは一斉にガシャンと重厚な音をたてて回り、神秘の扉がゆっくりと開いた
と同時に龍が地鳴りのようなエネルギーを炸裂させてAの体を貫いた
瞬間と永遠が交錯する圧倒的に神聖な感覚が体中を包んだ
それによりAは全く違う次元に存在し、まるで観客のように鍵の全貌を見ることになった
『鍵』の全貌
レベル7 第7の鍵
宇宙意識 (タントラ)
レベル6 第6の鍵
時間を超える (トマス伝)
レベル5 第5の鍵
形無き世界 (秘本)
レベル4 第4の鍵
不動心 (伝統禅)
レベル3 第3の鍵
自己の本質 (サマーディー)
レベル2 第2の鍵
ヒーリング (リーラ)
レベル1 第1の鍵
自己観察 (ユリイカ)
弁財天の声(階段から落ちた時のあの声)
やっと会えましたね
あなたをずっと見守っていましたよ
これまでにあなたの身に起きたすべては、何一つ偶然はなく、何一つ無駄もなく、この次元に招待されるために必要なことばかりでした
すべての人の存在も大いなる計画の一部であり、その計画は粛々と進行し、常に完璧で失敗もありえません
この大宇宙による壮大なゲームには、わずかな失敗も入り込む余地がないほど、細部の細部にわたって緻密な配慮がなされています
あなたがたが神とよぶその力は、圧倒的にして隅々まで浸透しているのです
あなたはその力の存在を多くの人たちに知らしめる役目があります
暗闇で手探りする多く人の道しるべとなり、人々に安心を与えていきなさい
『鍵』は上から順に見つかっていきました
それはあらゆる戦士たちに共通して伝えられた、高次元への扉
そして下の3つの鍵はすでに7年前にあなたに届けました
そのインスピレーションをキャッチするためには、あなたはセミナートレーナーという人間界の技法を学ぶ必要があったのです
さらに、上部と下部をつなぐ真ん中の鍵『禅』は、650年もの間、この地にて守られてきた伝統の知恵
真ん中の鍵にして、『7つの鍵』全てに浸透した全体の要(かなめ)です
この7年間は自分でも上出来だったと感心していますね。
飽きっぽいあなたがこんなに長期間ひとつの事を続けるなんて・・・
それは下部3つの鍵が、ほぼ純粋な形であなたに届けられたからです。
そして今、やっと前進する時が来ました。
さらに深い気づきを分かち合う時がきたのです。
7色を操る虹の戦士達、あなた以外の戦士達も、それぞれの形でインスピレーションを受け取り、すでに本来の活動を始めています。
この『7つの鍵』は、戦士達の個性を通して多彩な形で機能し、地上の多くの魂に貢献していくことでしょう。
それでは鍵の全貌を見ていきましょう。
第1の鍵、成長の第一歩はまず現実の自分をありのままに観察する所から始まります
いっさい自分を正当化せず、勇気を持ってありのままを見るのです
ここから目をそらしては決して前に進むことはできません
そこに見えるのは、何枚もの衣を幾重にもまといながら窮屈そうに生きている自分自身の姿です
外界から自分を守るための様々な防衛機構が衣の正体です
それは欺瞞に満ちた偽の顔、仮面なのです
「いい人」「やさしい人」「強い人」「明るい人」「正しい人」「ユニークな人」「面白い人」「有能な人」・・・
人は無意識にそんな自分を演じています
その衣は自分を守るためにはちょうどいいのですが、動こうとするととても重くて不自由です
しかも今では、その重さにも不自由さにも慣れてしまって、衣を着ていることさえ忘れています
たとえ着ていることに気づいたとしても、それはすでに自分の意志では脱げなくなっているのです
よく見るとその衣は長い人生の中ですっかり氷ついてしまっています
まずはその氷を溶かさなくてはいけません
氷を溶かしていくには熱が必要です
その熱とは、愛が持つ暖かみです
そして氷とは形を変えた恐怖なのです
嫌われることへの恐れ、
軽く見られることへの恐れ、
失うことへの恐れ、
受け入れてもらえないことへの恐れ、
無視されることへの怖れ、
傷つくことへの恐れ・・・・
様々な恐怖が心を縛りつけ、自由を奪っているのです
あなた方の次元では、究極的には「愛」と「恐れ」のいずれかの状態しか存在していません
恐れは愛の前ではまったくの無力です
恐れは恐れが相手の時にのみ、その力を発揮するのです
長い恐れの時に疲れ果て、人は冷たい衣の奥に愛の火種を発見します
そしてその愛を人に与えようとすることで、自らの火種が赤く燃えはじめ、徐々に長年にわたる氷が溶け出していきます
じつにそれは、愛を得ようとしたときではなく、愛を与えようとしたときに機能しだす力なのです
やがて氷は熱に包まれながら、その姿を消していきます
恐れが愛の力で消えていくのです
その作用をあなた方は「ヒーリング」と呼んでいます
その熱による溶解のプロセスが『第2の鍵』です
衣を脱いで自由になった魂は、それまで以上に自分自身を感じています
それはとても懐かしい感覚です
やっと自分本来の顔を取り戻しました
真性な笑い、真性な涙、真性な言葉、今や見せかけではない自分が呼吸を始めました
そして恐れることなく自己を解放し、そこに開けた広大な空間で自由なエネルギーと戯れています
ありのままの自分が歓喜に包まれ、自分が自分であることを祝福しています
Music、Dancing、Freedom、Love、Laugh、Tears、Passion、Give and give ・・
それは命の祭り、存在との交感(コミュニオン)
その解放と祝福が『第3の鍵』です
この時点で初めて人は本当の自分として立つことができます
それまでは他者の目の中に映していた自分の幻影を生きていただけです
他者に気に入ってもらうために思ってもいないことを言い、他者に認めてもらうために自分の思いとは違う行動をとってきました
そのような生活態度を「依存」の状態といいます
自分の価値を他者の評価に委ねて(依存して)いたのです
したがって下部3つの鍵は「依存」から「自立」に向うためのものであり、この7年間のあなたの活動の全てでした
しかしこの段階はさらに前に進むための準備にすぎません
未だ魂の変革には至っていないのです
したがってせっかくここまで進んだ人達も、また時間とともに元の状態に戻っていってしまいます
今までと変わらぬ環境に身を置くことで、再び低い波動の中に埋没してしまうのです
それがあなたのジレンマだったでしょう
しかし人がこれ以上前に進むためには問題があります
下部の世界(下の3つの鍵)と上部の世界(上の3つの鍵)では存在の時間軸が違うために、新しい世界を歩くための靴が必要になるのです
その靴の名前は「覚醒(めざ)めた意識」「Awareness」です。
そしてそれを作っていくのが『第4の鍵』です
そのもっとも効果的なやり方が坐禅と作務に代表される禅のレッスンです
日本ではこの「覚醒めた意識」を養うため、禅を元にした様々なテクニックが公案されてきました
たとえば「茶道」
すべての雑念を取り払い、ただ一杯のお茶をいただく
ただ今ここであたりまえにお茶を飲む
簡単そうで難しいこのシンプルな行為を極めるためには「覚醒めた意識」が必要となるのです
坐禅とは呼吸だけを意識して座るという、茶の湯の道よりさらにシンプルな技法です
「いまここ」に留意するための落ち着きを充分に培っていきます
それを「静中の工夫」といいます
一方、作務とは仕事や雑用などの生活の全てを指します
行動のまっただ中で「いまここ」にある動かぬ自己に気づいている状態です
それを「動中の工夫」といい、さらに高度な技術です
坐禅も作務も苦行ではありません
無意識な行動パターンに意識を持ち込むためのレッスンであり、深刻さや長時間にわたる我慢や忍耐とは何の関係もありません
気づきに基づいた新しい生活習慣のようなものです
さて、もし下部の3つの鍵を飛び越して「自立」のないまま4つ目の鍵に入ったらどうなるのでしょう
もし「依存」のレベルのまま4つ目の鍵である修行に入ったとしたら、そこにはどんなことが起こりうるのでしょう
例えばこんなことが起きるでしょう
「私を見ろ!私は実に20年もの間、瞑想修行をしてきた魂だ」
そんな風に精神の道を歩むための修行を勲章にして、自分の偉大さを証明するための道具にしてしまうでしょう
社会的地位や物で自分を飾るのも、精神的経験で自分を飾るのも同じレベルの過ちです
またある人の場合は
「この神秘体験はこの導師がいてくれたおかげだ。私はこの人に命を預けよう」
などと言って、おかしな世界にはまり込んでいってしまうのです
このような状態を「修行による魔境」と呼んでいます
現代社会に見え隠れする精神世界ブームの落し穴がここにあります
誰かが指摘しなければなりません
もっと大きな声で警鐘を鳴らさなくてはいけません
さてそれでは『第5の鍵』形なき世界に入っていきましょう
『第5の鍵』に入るために『第4の鍵』の完成を待つ必要はありません
それは同時に進めていけるのです
ただしここから先は一人では進めません
最初のうちはガイドや共に歩く仲間の存在が必要です
それには理由があります
ここまでのレベルではまだあなたは意識の中に「<社会>という名の見えない秩序」を持っているので外側に映る全てが、整然として見えていました
ありのままの現実と向き合っていたのではなく、自分の価値観を投影して作った幻想の世界の中で生きていました
そんな生活が続く中で自分の価値観や幻想がすっかり固まりだし、やがては本来実体ではなかった自分本位の「社会という秩序」があなたの中で実体となったのです
少し難解な表現になりましたが、ついてきていますか
ここまでは、あなたはある一定の態度で世界を理解してきています
したがってあなたのやるべき事や人生物語は大筋で決まっていたはずです
山は山であり川は川であり、それ以外の何物でもなかったのです
レベル5の世界ではいったんあらゆる名前や役割が消え去り、投影していた見えないシステムが無くなります
それにより全てが混沌としてきます
カオスです
もはや山は山ではなく川も川ではありません
最初はそこに大きな不安と戸惑いを感じることでしょう
それ故に人は無意識にこの次元から目をそらし、気づかないふりをして後もどりを始めるのです
ここにガイドが必要となります
この時点におけるガイドや仲間の仕事は、完全に心を開いて、真正面からその人とつながる事にあります
それにより、人が安心して新しい次元に目を慣らしていけるように援助します
やがて少しづつ目が慣れてくるとそこにはストーリーも配役もなく、ただあるものがあり、ただ起こる事が起こっているという、ありのままの世界が見えてきます
実体が変わったわけではありません
ただ、見え方が変わっただけです
再び山は山であり川は川になります
そしてさっきまでの「混沌(カオス)」の中に「あるがままの秩序(コスモス)」が見え始めます
カオスからコスモスへ、これが新しい次元に入るキーワードです
それは自由自在で色彩にあふれ、あらゆる可能性に満ちた世界です
何ひとつ繰り返される事もなく、瞬間瞬間に生まれ続けている奇蹟です
「そう!それは生きているのです!」
皮肉にもあなたはここに来て初めて、生きるという事の本当の意味を知るのです
それはまさに今この瞬間に起こり続けているので「時間」という長さはなく、したがってそこに連続性を与えたり、ストーリーや解釈を入り込ませたりする余地はありません
ここに至ってあなたの存在の時間軸がシフトします
それが『第6の鍵』である「時間を超える」という意味です
今や時間という幻想は消え去りました
それと共にその他の多くの幻想が姿を消しました
何故なら、多くの幻想を生み出していた原因である時間そのものが消えたからです
それまでは過去--から--未来へと水平に生きていました
自分より後ろを過去、自分より前を未来とし、そこに連続性を見ることで自分本位の一貫した物語を生み出していました
それを人は「人生」と呼び、その幻想ストーリーをまるで自分の一部であるかのように大切にしました
時間軸がシフトした今、水平に生きていたそれまでの人生は消滅し、「いまここ」の新しい世界が出現します
もし描くとしたら垂直の線になるでしょう
水平線と垂直線が「いまここ」で交わります
それが「クロス(十字)」という宗教的シンボルのもう一つの意味です
このシンボルは死刑台のイエスを現わすと共に、イエスが存在した次元の違いの象徴でもありました
いつの間にか死の場面だけが強調されてしまったのです。
この次元を言葉や映像で表現するのは極めて困難です
なぜならあらゆる言葉や映像は事実を制限してしまい、さらに受け取る側もその情報を自分の制限の中で解釈してしまうからです
全く知らないものは想像することさえできないのです
ですからそれを知る者の役目は、それを伝えることではなく、それを共に生きることなのです
この場合、共に生きるとは「あなた」と「私」が共に生きるのではなく、「あなたと私」という一つの命を共に生きるということです
上部の世界(レベル5~7)ではお互いの必要性を心から満たしあうことができる「相互依存」の関係が展開しています
愛、安心、信頼、一体感といった素晴しい感情が存在の奥深くに浸透しているのです
疑いや比較や判断は姿を消します
ここに至って『第7の鍵』を使いこなすことができます
その時、性(セックス)だけでなく多くの行為が自分の存在を確認し祝福する為の行為になります
あなたは瞬間瞬間、自他が溶け合うダイナミックなエネルギーの中にあります
どんな表現も十分ではありませんが、ただ一つ言えることは、そこであなたは愛と喜びに包まれながら、考えられる限りの最高の生き方を楽しんでいるということです
その時「空間」という最後の幻想が消え去ります
あなたはついに「大いなるひとつ」として存在しているのです
さあ、前に進みなさい
多くの人達に出会っていきなさい
この世にはあなた以上の人も、あなた以下の人も一人もいません
すべては<あなた>なのですから
したがって同胞との出会いと交流があなたにできる全てです
一人ひとりと正直に誠実に、真正面から開かれた関係性を作っていきなさい
やがてその関係性の中にあって共通の理解が生まれます
それはその時その人に必要な理解であり、さらに深く進む推進力です
その中にあって事は自然に展開していきます
そして多くの人達が『鍵』は最初から開いていたことを、そもそも心のドアなど存在しなかったことを理解するでしょう
真理はいつも明白です
何一つ隠されることなく、いつも目の前に展開しています
あなた方がわざと気づかない振りをして、幻想のゲームを楽しんでいるだけなのです
ほらごらんなさい
たった今、目の前に広がるこの壮大な神秘を!
以前はごく一部の選ばれた魂だけが、「悟り」と一つになることができました
そして今多くの魂達が目覚めの季節を迎えています
それは連鎖反応のように次々と大地に花開き、やがては地球全体を覆いつくしていくでしょう
その時、無数に分裂していた意識の破片が、大いなるひとつに統合されていくのです
そんな予感をすでに多くの人達が持ち始めています
やり方は簡単です
この先に進むのは想像よりはるかに簡単なのです
怖れを捨てて自分の「本当の声」を生きて下さい
それを始めたとたん事態は一変します
もうあなたは一人ではありません
同じ理解を生きる仲間達と全ての必要を満たしあうことができます
あなたがありのままでいればいるほど、事はますます楽になっていきます
そして自然に事が起こり出すのです
それは「随(かんながら)神」の道です
すべての自由があなたに与えられています
悟りさえもあなたの選択であり、あなたの自由です
誰もそれを妨げていません
目を醒まして今すぐ夢から覚めるのもよし
今のまま夢を見続けるのもよしです
心配ご無用
どちらを選んでも、必ずいつかは大いなる一つと一体化するのですから
正確には、今までもそして今もずっと一体だった事を思い出すだけですが・・・
だから大した事ではありません
「悟り」をあまり大げさにしないで下さい
この世にあなた以上の真理はなく、
あなた以上の神秘も存在していません。
実のところ全ての人々はすでに悟っています
ただそのことを忘れてしまっただけです
どこを探しているのですか?
私は『いま・ここ』です
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
7つの鍵の巻 完了
エピローグへ
時として思いがけない衝動に突き動かされ、人生が大きく変わることがある
いったいその衝動はどこから来るのか
その衝動も、そのタイミングさえも天の計らいだとしたら・・・
その後Aは見えない何かに引き付けられるようにして、方広寺に近い遠江(とおとうみ)の地に引っ越してきた
セミナー会社をやめて、方広寺を舞台に自分独自のセミナー活動を展開したいという思いが固まったからだ
「信心銘」や「臨済録」を学び、長時間の坐禅を習慣とし・・・禅の心に触れながら、しばらくは独自のワークショップ構想を練っていった
秘本の白紙の意味は考えても考えても一向に理解できず、そのうちあきらめムードと共に忘れかけていった
『7つの鍵』は中途半端のままその痕跡さえも消し去ってしまったかのようだった
ある時、いつものように方広寺の石段に腰掛けてぼんやり日向ぼっこをしていると、突然セミナーのアイデアが湧いた
禅の精神を基盤に、そこに遊び心や愛の精神を取り入れた画期的な内容だった
『これだ!これなら短期間に多くの人が自分の素晴らしさに気づくことができる』
Aはそれを直感の命ずるままに3段階に分け『ユリイカ』『リーラ』『サマーディー』という名前をつけた
そして東京や大阪から友人や知人を方広寺に集めて念願のセミナーを開催した
それは親から子へ、子から親へ、友人から友人へと伝わり始め、以後ほとんど形を変えないまま長い間続いていくことになる
一つのことをやり続けるのが苦手なAにとって、それは奇跡的にも思われた
向和尚とも意気投合し、会場になった方広寺と自宅を往復する毎日が続いた
向和尚はごく普通の公務員の家庭に生まれ、ごく普通に大学を出て、ごく普通に企業に就職した
ところがある朝、元気だった父親の突然死を目の当たりにし、「諸行無常」を痛感
人生の意味と生命の真実を求めて、在家のまま参禅修行に参加する
一度目の大接心で見性(悟り)し、退職して出家得度
その後、臨済宗の重鎮、大井際断老子の一番弟子として30年間の修行を積んできた
禅の本流のど真ん中をまっしぐらに生きてきたエリートだ
言わば「歩く伝統禅」のような人だ
A「ダルマージも言ってるように確かに禅は人類の宝だと思うけど、もっと優しいイメージでやんないと現代人は興味持たないでしょ」
向「うむ、ワシもいつもそう思っちょる
どうだAちゃん、一緒にやらんか」
「OK!いいアイデアがあるんですよ
僕が向さんを重々しく紹介するから、向さんは頭の上に下駄(ゲタ)を乗っけて登場するってのはどうでしょう
皆の人生観が変わると思うけど」
「うむ・・・・・・・・面白い発想だが、やっぱりそれはやめよう」
二人はいつも禅の精神をどうやって多くの人に伝えるかを論議していた
悟りとは人間共通の存在基盤であり、大それたことじゃない
我々は全員、その存在基盤と繋がっていて、言ってみれば誰一人例外なく悟っているわけだ
やることはただその事実を認めるだけ
腹の底から「そうだ!」と実感するだけだ
その実感をどう促すか
現代人に何年間もの坐禅修行や禅堂生活は馴染まない
在家のまま、人生における最も大切な気づきを得るにはどうしたらいいか
2人のコンビで、それがどこまで実現されるのか
毎日のように、そんな話で花が咲いた
Aは自らのセミナーを主催するかたわらで、向和尚とのコンビによる禅スクールにも情熱を傾けていった
そして一年が過ぎ、また一年が過ぎた
そのうち二人は企業の幹部達を対象にビジネスマンの為の禅セミナーを始めた
向和尚が禅の精神を説明し、Aが実習を引き起こし、参加者に禅の心を体験的に実感してもらうというスタイルだった
なるべく伝統を大切に守りながら現代人に禅を翻訳していった
『ユリイカ』 『リーラ』 『サマーディー』 『禅セミナー』
参加者の反応は日を追うごとによくなっていき、Aはいつの間にか、その地域で押しも押されもしない研修トレーナーとなっていた
そして月日は飛ぶように過ぎていった
1999年秋
ある日、女性漫画家のSさんが久しぶりに『リーラ』研修をしているAのもとに顔を出した
セミナー会社時代にAが担当した受講生の一人だ
A「やあ、久しぶり」
S「ほんと、ごぶさたでした」
方広寺の参道
紅色に染まった葉が、境内を彩っている
A「・・・・で結局秘本の中身は白紙だったんだ」
S「え?何?それ面白い。ねぇもっと教えて下さい」
「もう8年も前の話しだからな」
「時間がある時でいいですから詳しい経緯をメールで送ってくれませんか」
カタカタカタ・・・
パソコンを打つ指
モニターにSさんからの返事
『おもしろ~~~い!!ねえ、それからどうなったんですか?』
カタカタカタ・・・
パソコンを打つ指
モニターにSさんからの返事
『うひゃ~~!それから?それから?これ漫画にしたらどうかと思うんですけど?』
カタカタカタ・・・
パソコンを打つ指
モニターにSさんからの返事
『ほうほう!で、その前は?そもそも旅が始まるきっかけは?』
「よ~し!こうなったら経緯を全部書いてみよう
それにこんな機会でもなければ『7つの鍵』をめぐる出来事も誰にも知られず消え去ってしまうだろう」
腹を決めて最初から真剣に書き始めた
朝も昼も夜もただ黙々とキーボードを打ち続けた
その時はまさかこんな結末を迎えるとは夢にも思っていなかった。
そもそも『7つの鍵』は謎を残したまま未完成のまま終わるはずだったし、それがその時点でのまぎれもない真実だった
しかし・・・それは突然やってきた。
随(かんながら)神 を書き始めて3週間目
一気にここまで書いてきて、ふと指の動きを止め、久しぶりに秘本の白紙のページの事を思い出していた
秘本の謎が解ければ新しいワークショップのヒントがわかるはずだった
頭の中で目の前に秘本が置かれ、白紙のページが開かれていた
何もないそのページをぼんやりと眺めていたら、突然身体中に衝撃が走った
その白いページの中から形無きメッセージが心に飛び込んできた
<そう、形無き事こそがそのメッセージだった>
それはやり方にこだわるあまり、前進できなくなっていた自分への強烈な一撃だった
それはこう伝えていた
『悟りに至る道は無限の数だけある
権威や形式に惑わされるべからず
準備はできている
さあ行きなさい』
現代人のあなたが同じ時代を生きる仲間達を導くために、なぜ遥か昔の者達の意見を待つのかと、なぜやり方や権威に固執するのかと、そんなことを言っているように感じた
白紙の鍵が理解された瞬間、それまでに見つけた3つの鍵が待っていたかのように然るべき順番に配置された
それは見つけた順に最高度なレベルから一つひとつ埋められた
さらに残りの4つの鍵も惚然とそこに姿を現わした
いや、それはもうとっくに目の前に現われていて、事もあろうにAを通してすでに活動を始めていたのだった
まったく予期しないまま突然にして『7つの鍵』が揃うと、それは一斉にガシャンと重厚な音をたてて回り、神秘の扉がゆっくりと開いた
と同時に龍が地鳴りのようなエネルギーを炸裂させてAの体を貫いた
瞬間と永遠が交錯する圧倒的に神聖な感覚が体中を包んだ
それによりAは全く違う次元に存在し、まるで観客のように鍵の全貌を見ることになった
『鍵』の全貌
レベル7 第7の鍵
宇宙意識 (タントラ)
レベル6 第6の鍵
時間を超える (トマス伝)
レベル5 第5の鍵
形無き世界 (秘本)
レベル4 第4の鍵
不動心 (伝統禅)
レベル3 第3の鍵
自己の本質 (サマーディー)
レベル2 第2の鍵
ヒーリング (リーラ)
レベル1 第1の鍵
自己観察 (ユリイカ)
弁財天の声(階段から落ちた時のあの声)
やっと会えましたね
あなたをずっと見守っていましたよ
これまでにあなたの身に起きたすべては、何一つ偶然はなく、何一つ無駄もなく、この次元に招待されるために必要なことばかりでした
すべての人の存在も大いなる計画の一部であり、その計画は粛々と進行し、常に完璧で失敗もありえません
この大宇宙による壮大なゲームには、わずかな失敗も入り込む余地がないほど、細部の細部にわたって緻密な配慮がなされています
あなたがたが神とよぶその力は、圧倒的にして隅々まで浸透しているのです
あなたはその力の存在を多くの人たちに知らしめる役目があります
暗闇で手探りする多く人の道しるべとなり、人々に安心を与えていきなさい
『鍵』は上から順に見つかっていきました
それはあらゆる戦士たちに共通して伝えられた、高次元への扉
そして下の3つの鍵はすでに7年前にあなたに届けました
そのインスピレーションをキャッチするためには、あなたはセミナートレーナーという人間界の技法を学ぶ必要があったのです
さらに、上部と下部をつなぐ真ん中の鍵『禅』は、650年もの間、この地にて守られてきた伝統の知恵
真ん中の鍵にして、『7つの鍵』全てに浸透した全体の要(かなめ)です
この7年間は自分でも上出来だったと感心していますね。
飽きっぽいあなたがこんなに長期間ひとつの事を続けるなんて・・・
それは下部3つの鍵が、ほぼ純粋な形であなたに届けられたからです。
そして今、やっと前進する時が来ました。
さらに深い気づきを分かち合う時がきたのです。
7色を操る虹の戦士達、あなた以外の戦士達も、それぞれの形でインスピレーションを受け取り、すでに本来の活動を始めています。
この『7つの鍵』は、戦士達の個性を通して多彩な形で機能し、地上の多くの魂に貢献していくことでしょう。
それでは鍵の全貌を見ていきましょう。
第1の鍵、成長の第一歩はまず現実の自分をありのままに観察する所から始まります
いっさい自分を正当化せず、勇気を持ってありのままを見るのです
ここから目をそらしては決して前に進むことはできません
そこに見えるのは、何枚もの衣を幾重にもまといながら窮屈そうに生きている自分自身の姿です
外界から自分を守るための様々な防衛機構が衣の正体です
それは欺瞞に満ちた偽の顔、仮面なのです
「いい人」「やさしい人」「強い人」「明るい人」「正しい人」「ユニークな人」「面白い人」「有能な人」・・・
人は無意識にそんな自分を演じています
その衣は自分を守るためにはちょうどいいのですが、動こうとするととても重くて不自由です
しかも今では、その重さにも不自由さにも慣れてしまって、衣を着ていることさえ忘れています
たとえ着ていることに気づいたとしても、それはすでに自分の意志では脱げなくなっているのです
よく見るとその衣は長い人生の中ですっかり氷ついてしまっています
まずはその氷を溶かさなくてはいけません
氷を溶かしていくには熱が必要です
その熱とは、愛が持つ暖かみです
そして氷とは形を変えた恐怖なのです
嫌われることへの恐れ、
軽く見られることへの恐れ、
失うことへの恐れ、
受け入れてもらえないことへの恐れ、
無視されることへの怖れ、
傷つくことへの恐れ・・・・
様々な恐怖が心を縛りつけ、自由を奪っているのです
あなた方の次元では、究極的には「愛」と「恐れ」のいずれかの状態しか存在していません
恐れは愛の前ではまったくの無力です
恐れは恐れが相手の時にのみ、その力を発揮するのです
長い恐れの時に疲れ果て、人は冷たい衣の奥に愛の火種を発見します
そしてその愛を人に与えようとすることで、自らの火種が赤く燃えはじめ、徐々に長年にわたる氷が溶け出していきます
じつにそれは、愛を得ようとしたときではなく、愛を与えようとしたときに機能しだす力なのです
やがて氷は熱に包まれながら、その姿を消していきます
恐れが愛の力で消えていくのです
その作用をあなた方は「ヒーリング」と呼んでいます
その熱による溶解のプロセスが『第2の鍵』です
衣を脱いで自由になった魂は、それまで以上に自分自身を感じています
それはとても懐かしい感覚です
やっと自分本来の顔を取り戻しました
真性な笑い、真性な涙、真性な言葉、今や見せかけではない自分が呼吸を始めました
そして恐れることなく自己を解放し、そこに開けた広大な空間で自由なエネルギーと戯れています
ありのままの自分が歓喜に包まれ、自分が自分であることを祝福しています
Music、Dancing、Freedom、Love、Laugh、Tears、Passion、Give and give ・・
それは命の祭り、存在との交感(コミュニオン)
その解放と祝福が『第3の鍵』です
この時点で初めて人は本当の自分として立つことができます
それまでは他者の目の中に映していた自分の幻影を生きていただけです
他者に気に入ってもらうために思ってもいないことを言い、他者に認めてもらうために自分の思いとは違う行動をとってきました
そのような生活態度を「依存」の状態といいます
自分の価値を他者の評価に委ねて(依存して)いたのです
したがって下部3つの鍵は「依存」から「自立」に向うためのものであり、この7年間のあなたの活動の全てでした
しかしこの段階はさらに前に進むための準備にすぎません
未だ魂の変革には至っていないのです
したがってせっかくここまで進んだ人達も、また時間とともに元の状態に戻っていってしまいます
今までと変わらぬ環境に身を置くことで、再び低い波動の中に埋没してしまうのです
それがあなたのジレンマだったでしょう
しかし人がこれ以上前に進むためには問題があります
下部の世界(下の3つの鍵)と上部の世界(上の3つの鍵)では存在の時間軸が違うために、新しい世界を歩くための靴が必要になるのです
その靴の名前は「覚醒(めざ)めた意識」「Awareness」です。
そしてそれを作っていくのが『第4の鍵』です
そのもっとも効果的なやり方が坐禅と作務に代表される禅のレッスンです
日本ではこの「覚醒めた意識」を養うため、禅を元にした様々なテクニックが公案されてきました
たとえば「茶道」
すべての雑念を取り払い、ただ一杯のお茶をいただく
ただ今ここであたりまえにお茶を飲む
簡単そうで難しいこのシンプルな行為を極めるためには「覚醒めた意識」が必要となるのです
坐禅とは呼吸だけを意識して座るという、茶の湯の道よりさらにシンプルな技法です
「いまここ」に留意するための落ち着きを充分に培っていきます
それを「静中の工夫」といいます
一方、作務とは仕事や雑用などの生活の全てを指します
行動のまっただ中で「いまここ」にある動かぬ自己に気づいている状態です
それを「動中の工夫」といい、さらに高度な技術です
坐禅も作務も苦行ではありません
無意識な行動パターンに意識を持ち込むためのレッスンであり、深刻さや長時間にわたる我慢や忍耐とは何の関係もありません
気づきに基づいた新しい生活習慣のようなものです
さて、もし下部の3つの鍵を飛び越して「自立」のないまま4つ目の鍵に入ったらどうなるのでしょう
もし「依存」のレベルのまま4つ目の鍵である修行に入ったとしたら、そこにはどんなことが起こりうるのでしょう
例えばこんなことが起きるでしょう
「私を見ろ!私は実に20年もの間、瞑想修行をしてきた魂だ」
そんな風に精神の道を歩むための修行を勲章にして、自分の偉大さを証明するための道具にしてしまうでしょう
社会的地位や物で自分を飾るのも、精神的経験で自分を飾るのも同じレベルの過ちです
またある人の場合は
「この神秘体験はこの導師がいてくれたおかげだ。私はこの人に命を預けよう」
などと言って、おかしな世界にはまり込んでいってしまうのです
このような状態を「修行による魔境」と呼んでいます
現代社会に見え隠れする精神世界ブームの落し穴がここにあります
誰かが指摘しなければなりません
もっと大きな声で警鐘を鳴らさなくてはいけません
さてそれでは『第5の鍵』形なき世界に入っていきましょう
『第5の鍵』に入るために『第4の鍵』の完成を待つ必要はありません
それは同時に進めていけるのです
ただしここから先は一人では進めません
最初のうちはガイドや共に歩く仲間の存在が必要です
それには理由があります
ここまでのレベルではまだあなたは意識の中に「<社会>という名の見えない秩序」を持っているので外側に映る全てが、整然として見えていました
ありのままの現実と向き合っていたのではなく、自分の価値観を投影して作った幻想の世界の中で生きていました
そんな生活が続く中で自分の価値観や幻想がすっかり固まりだし、やがては本来実体ではなかった自分本位の「社会という秩序」があなたの中で実体となったのです
少し難解な表現になりましたが、ついてきていますか
ここまでは、あなたはある一定の態度で世界を理解してきています
したがってあなたのやるべき事や人生物語は大筋で決まっていたはずです
山は山であり川は川であり、それ以外の何物でもなかったのです
レベル5の世界ではいったんあらゆる名前や役割が消え去り、投影していた見えないシステムが無くなります
それにより全てが混沌としてきます
カオスです
もはや山は山ではなく川も川ではありません
最初はそこに大きな不安と戸惑いを感じることでしょう
それ故に人は無意識にこの次元から目をそらし、気づかないふりをして後もどりを始めるのです
ここにガイドが必要となります
この時点におけるガイドや仲間の仕事は、完全に心を開いて、真正面からその人とつながる事にあります
それにより、人が安心して新しい次元に目を慣らしていけるように援助します
やがて少しづつ目が慣れてくるとそこにはストーリーも配役もなく、ただあるものがあり、ただ起こる事が起こっているという、ありのままの世界が見えてきます
実体が変わったわけではありません
ただ、見え方が変わっただけです
再び山は山であり川は川になります
そしてさっきまでの「混沌(カオス)」の中に「あるがままの秩序(コスモス)」が見え始めます
カオスからコスモスへ、これが新しい次元に入るキーワードです
それは自由自在で色彩にあふれ、あらゆる可能性に満ちた世界です
何ひとつ繰り返される事もなく、瞬間瞬間に生まれ続けている奇蹟です
「そう!それは生きているのです!」
皮肉にもあなたはここに来て初めて、生きるという事の本当の意味を知るのです
それはまさに今この瞬間に起こり続けているので「時間」という長さはなく、したがってそこに連続性を与えたり、ストーリーや解釈を入り込ませたりする余地はありません
ここに至ってあなたの存在の時間軸がシフトします
それが『第6の鍵』である「時間を超える」という意味です
今や時間という幻想は消え去りました
それと共にその他の多くの幻想が姿を消しました
何故なら、多くの幻想を生み出していた原因である時間そのものが消えたからです
それまでは過去--から--未来へと水平に生きていました
自分より後ろを過去、自分より前を未来とし、そこに連続性を見ることで自分本位の一貫した物語を生み出していました
それを人は「人生」と呼び、その幻想ストーリーをまるで自分の一部であるかのように大切にしました
時間軸がシフトした今、水平に生きていたそれまでの人生は消滅し、「いまここ」の新しい世界が出現します
もし描くとしたら垂直の線になるでしょう
水平線と垂直線が「いまここ」で交わります
それが「クロス(十字)」という宗教的シンボルのもう一つの意味です
このシンボルは死刑台のイエスを現わすと共に、イエスが存在した次元の違いの象徴でもありました
いつの間にか死の場面だけが強調されてしまったのです。
この次元を言葉や映像で表現するのは極めて困難です
なぜならあらゆる言葉や映像は事実を制限してしまい、さらに受け取る側もその情報を自分の制限の中で解釈してしまうからです
全く知らないものは想像することさえできないのです
ですからそれを知る者の役目は、それを伝えることではなく、それを共に生きることなのです
この場合、共に生きるとは「あなた」と「私」が共に生きるのではなく、「あなたと私」という一つの命を共に生きるということです
上部の世界(レベル5~7)ではお互いの必要性を心から満たしあうことができる「相互依存」の関係が展開しています
愛、安心、信頼、一体感といった素晴しい感情が存在の奥深くに浸透しているのです
疑いや比較や判断は姿を消します
ここに至って『第7の鍵』を使いこなすことができます
その時、性(セックス)だけでなく多くの行為が自分の存在を確認し祝福する為の行為になります
あなたは瞬間瞬間、自他が溶け合うダイナミックなエネルギーの中にあります
どんな表現も十分ではありませんが、ただ一つ言えることは、そこであなたは愛と喜びに包まれながら、考えられる限りの最高の生き方を楽しんでいるということです
その時「空間」という最後の幻想が消え去ります
あなたはついに「大いなるひとつ」として存在しているのです
さあ、前に進みなさい
多くの人達に出会っていきなさい
この世にはあなた以上の人も、あなた以下の人も一人もいません
すべては<あなた>なのですから
したがって同胞との出会いと交流があなたにできる全てです
一人ひとりと正直に誠実に、真正面から開かれた関係性を作っていきなさい
やがてその関係性の中にあって共通の理解が生まれます
それはその時その人に必要な理解であり、さらに深く進む推進力です
その中にあって事は自然に展開していきます
そして多くの人達が『鍵』は最初から開いていたことを、そもそも心のドアなど存在しなかったことを理解するでしょう
真理はいつも明白です
何一つ隠されることなく、いつも目の前に展開しています
あなた方がわざと気づかない振りをして、幻想のゲームを楽しんでいるだけなのです
ほらごらんなさい
たった今、目の前に広がるこの壮大な神秘を!
以前はごく一部の選ばれた魂だけが、「悟り」と一つになることができました
そして今多くの魂達が目覚めの季節を迎えています
それは連鎖反応のように次々と大地に花開き、やがては地球全体を覆いつくしていくでしょう
その時、無数に分裂していた意識の破片が、大いなるひとつに統合されていくのです
そんな予感をすでに多くの人達が持ち始めています
やり方は簡単です
この先に進むのは想像よりはるかに簡単なのです
怖れを捨てて自分の「本当の声」を生きて下さい
それを始めたとたん事態は一変します
もうあなたは一人ではありません
同じ理解を生きる仲間達と全ての必要を満たしあうことができます
あなたがありのままでいればいるほど、事はますます楽になっていきます
そして自然に事が起こり出すのです
それは「随(かんながら)神」の道です
すべての自由があなたに与えられています
悟りさえもあなたの選択であり、あなたの自由です
誰もそれを妨げていません
目を醒まして今すぐ夢から覚めるのもよし
今のまま夢を見続けるのもよしです
心配ご無用
どちらを選んでも、必ずいつかは大いなる一つと一体化するのですから
正確には、今までもそして今もずっと一体だった事を思い出すだけですが・・・
だから大した事ではありません
「悟り」をあまり大げさにしないで下さい
この世にあなた以上の真理はなく、
あなた以上の神秘も存在していません。
実のところ全ての人々はすでに悟っています
ただそのことを忘れてしまっただけです
どこを探しているのですか?
私は『いま・ここ』です
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
7つの鍵の巻 完了
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