2007年05月23日
エピローグ
2001年1月
方広寺
21世紀が幕を開けた
大いなる世紀が明けた
あれからまた何事もなかったかのようにAと向和尚は淡々と心の研修会を行なっていた
Aは「鍵」だとか「悟り」だとか大騒ぎしていたことが少し恥ずかしくもあったが、それでも一瞬とはいえ『7つの鍵』の全貌を理解したことは、研修を行う上での大きな自信になっていた
次第に経済界や教育界からも応援してくれる人達が現れ始め、時代は確実に変化しているという実感があった
2人は活動の名称を「いまここ塾」と定めた
塾生「Aさん、昔歌手だったって本当ですか?」
A「誰から聞いたの?」
塾生「※井上さんが言っていました。こんど何か歌ってくださいよ」
※いまここ塾塾頭、井上剛一
地元の若手経営者達が集まる浜松経済倶楽部の委員長であり、Aの友人
A「残念だけど、とうの昔に歌うのをやめたんだ」
「何故ですか?」
「何故って・・・・そういう活動はもうやめたんだ」
ホテル内の静かなバー
井上「Aさん、僕は子供の頃、Aさんの歌を毎日のように聞いていたんですよ」
A「へえ」
井上「また歌を始めたらどうですか」
A「・・・・・・・・・・・・」
井上「Aさん、与えられた能力を自分のものだと思っているでしょ
でも違いますよ
能力は天から与えられたのであって皆のものなんですよ
Aさんはその能力を私物化している」
「!!!・・・」
井上「塾生たちにも歌を聞かせてあげましょうよ」
自宅・奥の間
掛け軸の前で、埃にまみれたギターケースを開けるA
錆び付いた弦をボロンと弾いてみる
「能力の私物化か・・・」
何事もなく明けた21世紀のように見えた
まさかその直後に再び人生の流れが急転直下することになるとは夢にも思わなかった
『大いなる世紀が明ける時、あなたの本来の活動が始まるだろう』
わずかひと月後、もう一つの予言が成就した
2月12日
研修を終え帰宅したA
いつものようにパソコンを開けてメールチェックをしている
塾生達からの質問や悩み相談も少なくない
「うん?!」
差出人に沖縄という文字が見える
沖縄は現役時代に何度もコンサートを開いた思い出の地だ
さっそくメールを開いてみると
「はじめまして、私はFM沖縄の山川と申します
月曜日~金曜日夕方4時から25分間フォークナンバーをかけまくる「ForPM」という番組のディレクターをしています
実は、先日Aさんの「二人のレコード」のリクエストがあって、オンエアーしたところ
・Aさんは今何をされているのか?
・音楽活動は?
などなど番組で大きな反響を呼んでいます。
そこで、ふきのとうの細坪基佳さんからAさんの存在を教えて頂きましてさっそくメールを送っている次第です
HP見させていただきましたが、沖縄のファンの皆さんのために、もし宜しければ電話インタビューにお応えいただけないでしょうか?
つきましては、Aさんのご連絡先を教えて欲しくメールを差し上げました
宜しくお願いします。」
(原文のまま)
体中に電流が走った
昔のファンの人達が僕を忘れずにいてくれた・・・・
うそだろ・・・?
2月13日
「もしもしFM沖縄さんですか?Aです」
スタッフ「さっそくですが、明日のバレンタインデーに電話出演をお願いできませんか
今から番組宛てに来たAさんへの熱いメッセージをFAXしますから、それを読んでみてください」
FAXが次々送られてくる。
「こんなに・・・!!」
ソファーに腰掛けて、一枚一枚に目を通す
<・・・・・私達がずっと応援していることをAさんに伝えて下さい・・・・>
<・・・あの頃の歌を思い出すだけで涙が出てきます・・・>
A「・・・」
<・・・・いつも深夜放送にリクエストしていました
母との確執で悩んでいた時も放送によって救われたのを昨日のことのように思い出します
今は私も2児の母になり、あの頃の母の気持ちがよくわかるようになりました
あの時お礼に星の砂を差し上げたんですよ・・・>
「・・・・・・ああ、あの時の・・・」
回想
「沖縄県にお住まいのペンネーム<ヤンプラ>さんからのお便りです
『母親と仲直りしました。Aさんが母親も一人の人間として自分の人生を一生懸命生きているって言ってくれたことで、母親をゆるせる気持ちになりました
どうもありがとうございました
これはお礼の星の砂です』
わーーありがとう
かわいい砂だねえ
小さなボトルに入ってキーホルダーになっています
ギターケースに付けさせてもらいますね
さてさて・・・次のお便りは・・・・・」
山のようなハガキに囲まれて、マイクの前で生き生きと喋りまくるA
『なんてやりがいのある仕事なんだ
見えないリスナーと心がつながっているようだ』
ところがある日突然・・・
ラジオ関係者あっさりと
「今までごくろうさん。今月いっぱいで終了します」
「え?!なんで?そんなァ・・・・!」
マネージャー「前回の聴取率調査の結果が悪かったんだってさ
これは誰の身にも起こる宿命みたいなものだから、ま、あんまりガッカリするなよ」
A「・・・・・」
ギターケースに取り付けた、星の砂の入ったキーホルダーを手にとって振ってみた
南の島の波の音が聞こえた
マネージャー「そんなに落ち込むなよ、Aにはまだいい話がたくさん来ているんだから
秋からのテレビの総合司会をがんばれよ
テレビはラジオと違って影響力が大きいから」
A「・・・・・・」
公開生番組「ぎんざNow!」
銀座三越テレサの番組会場は女子中高生で埋め尽くされている
小堺一機「よろしくおねがいしま~す」瞬間芸で笑いを取る
清水アキラ「あんのころっわっ! ハッ!」和田アキ子のマネ
関根勤「アッポ」ジャイアント馬場のマネ
まるで芸人になるために生まれてきたような才能豊かな若者達の中で、Aだけが何故自分がここにいるのかわからない表情をしている
しかもAがメインキャラクターだ
A「それじゃあ今日も元気にいってみよう、せ~の!ぎんざNOW!」
毎日テレビに出るようになって、急激に顔が売れ始めた
街を歩くとみんなが振り向く
原宿竹下通り
女子中高生に囲まれて人垣ができ、通行人達が前に進めなくなってしまう
にわかスターの気分を満喫するA
まんざらでもない
でもやっぱり何かが物足りない
深夜放送の頃のファンとの連帯感はもうどこにもなかった
それに、こんな仕事はあきらかに自分にはむいていない
営業笑いでサインをしながら、ふっと暗い顔を見せる
自分の頼りない実力と、それに反して顔が売れることへの不自然さが、漠然とした将来不安を煽っていた
そしてまたある日突然
テレビ関係者
「いままでごくろうさん、今月いっぱいで終了です」
A「えっ!・・・また?・・・・・」
マネージャー「がっかりするなよ、これが芸能界の宿命なんだから
それに今、ちょうどドラマの話がきているんだ
Aはついてるよ、だれでもできる仕事じゃないんだよ」
たしかにAは恵まれていた
ひとつの仕事がなくなると、またすぐに大きな仕事が待っていた
無数の演劇青年達を差し置いて、ドラマのレギュラー番組が次々と決まっていった
もともとはシンガーソングライターでデビューしたものが、歌のユニークさが受けて、いつのまにか芸能人と呼ばれるような立場になっていた
それは心のどこかで望んでいたことだったかもしれない
田舎の片隅で、テレビに映る東京の街や、綺麗に着飾った芸能人たちの華やかさに憧れ、いつか自分も上京してあんなふうになるんだって、子供心に決めていたのだ
その夢が叶っていた
数名のスタッフを従え、テレビ局からテレビ局に黒塗りハイヤーで移動する自分の姿は、まさにあのころ憧れた生活そのものだった
そんな立場の人間になれば、きっと幸せで、愉快で、自信に満ち溢れた日々を送れると思っていた
でもそれは傍から見た姿だ
実際には、いつも何かが足りない思いを抱え、将来への不安や、もっと活躍しているスターへの嫉妬や、様々な否定的な感情が去来する毎日だ
昔と何も変わらない
どこまで行っても自分は自分だ
どこまで行けば安心できるのだろう
もしかしたら、どんなに前に進んだつもりでも、どこにも行き着かないのかもしれない・・・
そんなドラマの仕事も、たいした才能があるわけでもなく、素人芸のまま、いくつものレギュラーをただこなしているだけだった
欲しいものは華やかな自己イメージであり、それに伴う自信と優越感だったが、心の底では自分がこのままこの世界で活躍できるわけがないという、漠然とした不安が漂っていた
どうせいつか、仕事がなくなっていくに決まっている
そんな否定的な考えが否定的な現実を産むのか、結局その世界の仕事も見る見る少なくなっていっていく
現実を振り返らずに、基本を学ぶこともなく、運とノリだけで仕事をしてきた男に、初めての挫折感が漂い始めた
自分がいつもよりどころにしていた強烈な特別意識は、ただ単に自分を疲れさすだけの重荷に変わっていた
ある日を境に急激に気力が失せていった
もうダメだ!!
皆がうらやむラッキーなスタートだったのに、何ひとつモノにできなかった
いつも心の底で自分だけは特別だと思い込んでいたのに
おめでたい奴だ
齢だけはどんどん取っていくし・・・
もう・・・ダメだ・・・
マネージャー「どうだ、このさいライブ活動に集中してみるのは
お前はもともとそこから始まったんだし」
A「うるさいな、ほっといてくれよ。俺は一人になりたいんだ!」
何事に対してもにも自信が持てずに、焦燥感だけがつのっていった
仕事は日増しに無くなっていく
スタッフもそんなAから少しずつ離れていく
たくさんのものを手にしてきたはずなのに、結局は何も残っていない
成功はいつだってつかの間の体験だ
またすぐに新しいものが欲しくなる
手に入れても、手に入らなくても、同じ欲求不満が残るとしたら、この人生はまるで底なし沼のトリックゲームみたいなものだ
もうすべてやめてしまいたい
人生そのものを終わりにしたい
人生は生きるに値しない
寒風吹きすさぶ中、Aがうなだれてとぼとぼと歩いている
道端で歳末救け合い運動
お鍋を吊した隣で外人の牧師
「アナタハ 神ヲ シンジマスカア」
A「信じるわきゃないだろ」
すべての現実が無彩色に見えた
生きる希望も意欲も失せかけていた
歩道から大衆食堂のテレビが見える
画面の中には小堺一機と関根勤
「コサキンショー!!」
観客「ワハハハ・・・」
駅の前
シワだらけのコートをはおり電車賃の小銭を探している
「あっあの人・・・ほら昔テレビ出てたじゃん」
「何ていったっけ?」
そんな声が聞こえると、あわてて駅に背を向けて
「ヘイ!タクシー!!」
芸能人の見栄だけは残っていた
タクシーの後部座席にもたれながら
『あ~あ、俺いったい何やってんだろう』
そのうち自分で自分を追い詰め、落ちるところまで落ちてやろうという自暴自棄な気持ちになっていった
生きるとは、まるで刑罰のようなものだ
だからといって死んでしまう勇気もない
こんなに苦しんでいるというのに、誰も手を差し伸べてくれない
この特別な、このオレに、誰か手を差し伸べるべきだ
同情して援助するべきだ・・・この特別なオレに
そんなある日、部屋の片隅に放ったままの一冊の本が目に付いた
以前知人が貸してくれたものだ
その知人は洋服メーカーを営んでいた
いくつものヒット商品を世に出し、数百名の従業員を使う若き経営者だった
何年か前に飲み屋で会ったとき、人生の役に立つから読んでごらんよ手渡してくれた
彼自身が読みふけった本だという
しかしAはその本を読んでいなかった
どこかで彼を見下していたからだ
洋服屋の彼に何がわかるって言うんだ
たまたま運がよくて成功しただけじゃないか
そんな彼が読むような本はたかが知れている
このオレにはふさわしくないさ
そんなAの傲慢さは、人生全体に浸透していた
自分は特別な存在だ
今は運がないだけで、本当なら今頃大成功しているはずの人間だ
自分と比べたら誰一人たいした奴はいない
実際には惨めな現実を生きているというのに、いつも人を見下していた
どんなに成功している相手でも、漠然と自分のほうが上だと思い込んでいた
その日の彼は、いつにも増して気持ちが弱っていた
お馴染みのためいきをつきながら、Aはその本に手を伸ばした
そしてページをパラパラとめくり始めた
それは人間関係をうまく使って自分の欲しい結果を手にするという、一種の成功哲学のような本だった
本にはこのように書かれていた
人はみな、自分の考えは正しいと思っている
相手と意見が衝突した時は、自分を反省するのではなく、必ずといっていいほど相手が間違っていると決めてかかる
したがって、そんな人間を相手に、相手に誤りを認めさそうとしたり、叱って諭そうとしたりするのは無理であり、その行為は愚の骨頂である
その文章の部分に、本を貸してくれた本人自身の筆で波線が引かれ、そこに彼の文字で「人間の心の機微を捉え、人を動かす」と書かれていた
その彼の文字を見たとき、身体全体に衝撃が走った
彼は僕の知らないこのことをいち早く学び、しかもそれを使ってすでに成功を手に入れているじゃないか
彼は僕よりずっと先を行っていたし、ずっと利口だった
それなのに、そんな彼を見下していたオレは何者だ
なんの根拠もない自信と驕りに支えられていた自分は何者だ
ただの愚か者だ
自分を特別な存在だと思っていたまさにそのことが、もっとも愚かな思い込みだった
自分はただのあたりまえの人間だった
そのとき、自分を支えていたアイデンティティが、根底から崩れ落ちた
初めて他者を自分と同等に認める事ができた最初の経験だった
そしてその出来事は、それからさらに数年後の大いなる気づきに繋がる一瞥になった
自分の特別さへの思い込みが消えたことは、同時にそれまで抱えていた人生の重荷を肩から下ろすことでもあった
人生のすべては、一から十まで、その本人の思い込みの産物だ
自分が作り出した幻想の自分が、さらに自分なりの幻想の世界を作り出し、その幻想同士が絡み合う夢・・・それが人生だ
だとしたら、その幻想の向こう側になにがあるのか、それを知りたい
それを知るために人生という機会があるのだから、表面的に何の仕事をしているかとか、社会的な地位や名誉も関係がない
それは社会的な成功とは関係のない、人生の成功だ
そんな想いが湧き上がったとき、Aは芸能活動からの引退を決意した
もう一度、生きなおしてみよう
人生の本当の意味を探求する事を何よりも優先して生きたとしたら、この先、自分の身に何が起きていくのかそれを見届けてやろう
将来に対する不安も消えていた
そのときは気づかなかったが、すでにAの中からは「時間」という概念が消え始めていたのだ
思い込みの自分が消えてリアルな世界が見え始めていた
もし生活費の必要が生じたら、何かして働けばいい
仕事は何でもよくなっていた
ある日、Aは駅のキヨスクでアルバイトニュースを買ってきた
住まいの近くにコンビにでもあれば、とりあえずバイトでもしてみようと考えたからだ
ところがちょうどその日の夜、偶然にも次の仕事が決まる電話が入った
Aに対していつも親身になってくれていた芸能界のドンからだった
「現役をやめるのなら、いい話がある」
それは音楽プロデューサーの職だった
当時はドラマの主題歌がヒットする事が多く、そのドラマのほとんどはTBS系だった
そのTBSドラマの主題歌を企画制作するプロデューサーにAを推薦してくれたのだ
話は即決だった
始めてみると、それは極めて恵まれた仕事だった
各レコード会社にも影響力を持つようになり、自分の意見が大きく反映されるやりがいのある職だった
Aはすぐに頭角を現した
最初に手がけたアマチュア作品「恋に落ちて」が、いきなりドラマの主題歌に抜擢されミリオンセラーに輝き、そのドラマも社会現象と化した
最初にそんなドラマとめぐりあうという運も持ち合わせていた
その後も中山美穂、後藤久美子ら当時のアイドル達を次々とプロデュースし、いつのまにかヒットメーカーと呼ばれるようになっていった
そんな音楽業界も、徐々にバンドブームに入ろうとしていた
レベッカやバービーボーイズが注目を集め始めていた
今後ますますこの傾向が強まると見たAは、主題歌制作の仕事のかたわら新人バンドの発掘にも力を入れ始めた
そんな噂を聞きつけて、Aのもとには毎日のように新人バンドのデモテープが届けられ、その整理だけでも忙しい毎日が続いた
ある日、ひとつのバンドが目に留まった
東京目黒
30人くらいで満員の小さなロックライブハウス
5人のメンバーが長髪を固めて尖らせ、顔にメークをして、小さなステージにやっと乗っかるような窮屈な姿勢で演奏していた
お世辞にも綺麗とは言えない小屋のようなステージで、そこで演奏する彼らは照明よりも輝いている
「これだ!」
やっと何かにめぐり合った気がした
何人もの新人を世に送り出して感じた事は、普通の人間がスターになって輝いていくのではなく、輝いている人間がスターになっていくということだった
目の前の彼らは、まぎれもなくスターの輝きを放っていた
メンバーも上昇志向が強く、唯一自分達に興味を示してくれた業界人のAを慕っていた
特に、yoshiki、toshi、hide、の3人は気心も知れて可愛い弟分のようだった
バンドの名前はX(後のXjapan)といった
彼らの代理人としてレコード会社との契約を済ませると、今度は自分で1からバンドを作ってみたいと思った
Aは次第にバンドを育てることの面白さにのめり込んでいった
惜しまれながらも主題歌制作会社の職を辞め、フリーになったことで、さらに活躍の場が広がっていった
時代はまさにバブルの絶頂期だった
その恩恵は音楽業界にも訪れ、Aの仕事も順風満帆に展開していた
ところがそんな社会的な成功は、Aの中にまた新たな特別さを作り出すことになった
あの時すべてを捨てて、人生の真実を探求しようとしたのに、またもとのもくあみだ
だからといって、再度この快適な生活を手放す勇気もない
また同じ罠にかかってしまったような思いを抱きながら、それでも毎日を懸命に生きていた
真実は見えそうで見えなかった
そんなある日だった
レコード関係者との打ち合わせを終えて、渋谷の街を歩いていた
そして駅前の歩道橋を上り始めたその時・・・・
突然、心と身体が何かに乗っ取られたような感覚になり、そのまま階段から転落してしまった
「ウワーーーーー!!」
・・・・・・・・・
2001年 2月14日
FM沖縄 「ForPM」
受話器を持って生放送のインタビューに応えているA
DJ「この17年間はどんな17年間だったんですか」
A「一言じゃ言えません・・・でもとても充実した日々でした」
DJ「いまはどんなことをされているのですか?」
A「お寺の研修施設で、心の学校をやっています。僕らがどこから来てどこに向かっていくのか、そんなことを一緒に考えています」
DJ「いろんなメッセージがある中で一番多いのが、もう沖縄でライブはやらないのですかというものなんですけど」
A「沖縄だけではなく、僕はライブ自体17年間やってこなかったんですけど・・・
こんなに沖縄の人達が僕のことを思い続けてくれて、ライブを見たいと言ってくれるのであれば、やってみましょうか」
DJ「それじゃあ・・・?」
A「はい近いうちに必ず実現させます!」
それまでにも、ライブなどの誘いがないわけではなかったが、すべて避けてきていた
あの日の突然の気づき以来、自分は生まれ変わったのであり、もう過去のことは完全に終わったことだった
思い起こしてみればあの頃はいつも周りとの競争で、自分よりも才能豊かなライバル達に嫉妬し、思うように売れない自分の実力に失望し、毎日重い荷物を背負って生きていた
華やかなスポットライトは、自分の内面の貧しさを、なおいっそう際立たせていた
もう2度と人前で歌ったり、ライトを浴びる事はないと決めていたのに
再び何か大きな力に押し流されるような感覚の中で、あっさりとライブ活動の復活を宣言していた
いろんなことがあった
いろんな人に会った
宮司
シャンタン
志織
ダルマージ
志摩子
向和尚
・・・・・
いろんなことを教えてもらった
そのたびに人生は様々な方向に流れていった
いったいどこまで来たんだろう
いったいどこに流れ着いたのか
どこにも来ていない
立ち止まってみれば、いつも「いまここ」があるだけだ
目の前を様々な人や現実が通り過ぎていっただけで、やっぱり自分は「いまここ」にいる
人生とは、「いまここ」から離れてどこかに向かい、流れて流されて、再び「いまここ」に戻ってくるための夢の旅のようなもの
どんなに遠くまで来たつもりでも、なにかを成し遂げたと思っても、道を踏み外したような気がしても、本当はなにも起きちゃいない
どんなときも誰一人見放されることはなく、大いなるものに守られ愛され、どんなに罪を犯しても、どんなに汚れても、どんなに苦しみ嘆いていても、いつだって「それ」はただ見守ってくれている
そして夢から覚めて「いまここ」に戻ってきた時、「それ」は優しくこう告げてくれる
「おかえり」
そこにはただ、今があるだけなので、旅人はこう応える
「ただいま」
か・ん・な・が・ら
完
方広寺
21世紀が幕を開けた
大いなる世紀が明けた
あれからまた何事もなかったかのようにAと向和尚は淡々と心の研修会を行なっていた
Aは「鍵」だとか「悟り」だとか大騒ぎしていたことが少し恥ずかしくもあったが、それでも一瞬とはいえ『7つの鍵』の全貌を理解したことは、研修を行う上での大きな自信になっていた
次第に経済界や教育界からも応援してくれる人達が現れ始め、時代は確実に変化しているという実感があった
2人は活動の名称を「いまここ塾」と定めた
塾生「Aさん、昔歌手だったって本当ですか?」
A「誰から聞いたの?」
塾生「※井上さんが言っていました。こんど何か歌ってくださいよ」
※いまここ塾塾頭、井上剛一
地元の若手経営者達が集まる浜松経済倶楽部の委員長であり、Aの友人
A「残念だけど、とうの昔に歌うのをやめたんだ」
「何故ですか?」
「何故って・・・・そういう活動はもうやめたんだ」
ホテル内の静かなバー
井上「Aさん、僕は子供の頃、Aさんの歌を毎日のように聞いていたんですよ」
A「へえ」
井上「また歌を始めたらどうですか」
A「・・・・・・・・・・・・」
井上「Aさん、与えられた能力を自分のものだと思っているでしょ
でも違いますよ
能力は天から与えられたのであって皆のものなんですよ
Aさんはその能力を私物化している」
「!!!・・・」
井上「塾生たちにも歌を聞かせてあげましょうよ」
自宅・奥の間
掛け軸の前で、埃にまみれたギターケースを開けるA
錆び付いた弦をボロンと弾いてみる
「能力の私物化か・・・」
何事もなく明けた21世紀のように見えた
まさかその直後に再び人生の流れが急転直下することになるとは夢にも思わなかった
『大いなる世紀が明ける時、あなたの本来の活動が始まるだろう』
わずかひと月後、もう一つの予言が成就した
2月12日
研修を終え帰宅したA
いつものようにパソコンを開けてメールチェックをしている
塾生達からの質問や悩み相談も少なくない
「うん?!」
差出人に沖縄という文字が見える
沖縄は現役時代に何度もコンサートを開いた思い出の地だ
さっそくメールを開いてみると
「はじめまして、私はFM沖縄の山川と申します
月曜日~金曜日夕方4時から25分間フォークナンバーをかけまくる「ForPM」という番組のディレクターをしています
実は、先日Aさんの「二人のレコード」のリクエストがあって、オンエアーしたところ
・Aさんは今何をされているのか?
・音楽活動は?
などなど番組で大きな反響を呼んでいます。
そこで、ふきのとうの細坪基佳さんからAさんの存在を教えて頂きましてさっそくメールを送っている次第です
HP見させていただきましたが、沖縄のファンの皆さんのために、もし宜しければ電話インタビューにお応えいただけないでしょうか?
つきましては、Aさんのご連絡先を教えて欲しくメールを差し上げました
宜しくお願いします。」
(原文のまま)
体中に電流が走った
昔のファンの人達が僕を忘れずにいてくれた・・・・
うそだろ・・・?
2月13日
「もしもしFM沖縄さんですか?Aです」
スタッフ「さっそくですが、明日のバレンタインデーに電話出演をお願いできませんか
今から番組宛てに来たAさんへの熱いメッセージをFAXしますから、それを読んでみてください」
FAXが次々送られてくる。
「こんなに・・・!!」
ソファーに腰掛けて、一枚一枚に目を通す
<・・・・・私達がずっと応援していることをAさんに伝えて下さい・・・・>
<・・・あの頃の歌を思い出すだけで涙が出てきます・・・>
A「・・・」
<・・・・いつも深夜放送にリクエストしていました
母との確執で悩んでいた時も放送によって救われたのを昨日のことのように思い出します
今は私も2児の母になり、あの頃の母の気持ちがよくわかるようになりました
あの時お礼に星の砂を差し上げたんですよ・・・>
「・・・・・・ああ、あの時の・・・」
回想
「沖縄県にお住まいのペンネーム<ヤンプラ>さんからのお便りです
『母親と仲直りしました。Aさんが母親も一人の人間として自分の人生を一生懸命生きているって言ってくれたことで、母親をゆるせる気持ちになりました
どうもありがとうございました
これはお礼の星の砂です』
わーーありがとう
かわいい砂だねえ
小さなボトルに入ってキーホルダーになっています
ギターケースに付けさせてもらいますね
さてさて・・・次のお便りは・・・・・」
山のようなハガキに囲まれて、マイクの前で生き生きと喋りまくるA
『なんてやりがいのある仕事なんだ
見えないリスナーと心がつながっているようだ』
ところがある日突然・・・
ラジオ関係者あっさりと
「今までごくろうさん。今月いっぱいで終了します」
「え?!なんで?そんなァ・・・・!」
マネージャー「前回の聴取率調査の結果が悪かったんだってさ
これは誰の身にも起こる宿命みたいなものだから、ま、あんまりガッカリするなよ」
A「・・・・・」
ギターケースに取り付けた、星の砂の入ったキーホルダーを手にとって振ってみた
南の島の波の音が聞こえた
マネージャー「そんなに落ち込むなよ、Aにはまだいい話がたくさん来ているんだから
秋からのテレビの総合司会をがんばれよ
テレビはラジオと違って影響力が大きいから」
A「・・・・・・」
公開生番組「ぎんざNow!」
銀座三越テレサの番組会場は女子中高生で埋め尽くされている
小堺一機「よろしくおねがいしま~す」瞬間芸で笑いを取る
清水アキラ「あんのころっわっ! ハッ!」和田アキ子のマネ
関根勤「アッポ」ジャイアント馬場のマネ
まるで芸人になるために生まれてきたような才能豊かな若者達の中で、Aだけが何故自分がここにいるのかわからない表情をしている
しかもAがメインキャラクターだ
A「それじゃあ今日も元気にいってみよう、せ~の!ぎんざNOW!」
毎日テレビに出るようになって、急激に顔が売れ始めた
街を歩くとみんなが振り向く
原宿竹下通り
女子中高生に囲まれて人垣ができ、通行人達が前に進めなくなってしまう
にわかスターの気分を満喫するA
まんざらでもない
でもやっぱり何かが物足りない
深夜放送の頃のファンとの連帯感はもうどこにもなかった
それに、こんな仕事はあきらかに自分にはむいていない
営業笑いでサインをしながら、ふっと暗い顔を見せる
自分の頼りない実力と、それに反して顔が売れることへの不自然さが、漠然とした将来不安を煽っていた
そしてまたある日突然
テレビ関係者
「いままでごくろうさん、今月いっぱいで終了です」
A「えっ!・・・また?・・・・・」
マネージャー「がっかりするなよ、これが芸能界の宿命なんだから
それに今、ちょうどドラマの話がきているんだ
Aはついてるよ、だれでもできる仕事じゃないんだよ」
たしかにAは恵まれていた
ひとつの仕事がなくなると、またすぐに大きな仕事が待っていた
無数の演劇青年達を差し置いて、ドラマのレギュラー番組が次々と決まっていった
もともとはシンガーソングライターでデビューしたものが、歌のユニークさが受けて、いつのまにか芸能人と呼ばれるような立場になっていた
それは心のどこかで望んでいたことだったかもしれない
田舎の片隅で、テレビに映る東京の街や、綺麗に着飾った芸能人たちの華やかさに憧れ、いつか自分も上京してあんなふうになるんだって、子供心に決めていたのだ
その夢が叶っていた
数名のスタッフを従え、テレビ局からテレビ局に黒塗りハイヤーで移動する自分の姿は、まさにあのころ憧れた生活そのものだった
そんな立場の人間になれば、きっと幸せで、愉快で、自信に満ち溢れた日々を送れると思っていた
でもそれは傍から見た姿だ
実際には、いつも何かが足りない思いを抱え、将来への不安や、もっと活躍しているスターへの嫉妬や、様々な否定的な感情が去来する毎日だ
昔と何も変わらない
どこまで行っても自分は自分だ
どこまで行けば安心できるのだろう
もしかしたら、どんなに前に進んだつもりでも、どこにも行き着かないのかもしれない・・・
そんなドラマの仕事も、たいした才能があるわけでもなく、素人芸のまま、いくつものレギュラーをただこなしているだけだった
欲しいものは華やかな自己イメージであり、それに伴う自信と優越感だったが、心の底では自分がこのままこの世界で活躍できるわけがないという、漠然とした不安が漂っていた
どうせいつか、仕事がなくなっていくに決まっている
そんな否定的な考えが否定的な現実を産むのか、結局その世界の仕事も見る見る少なくなっていっていく
現実を振り返らずに、基本を学ぶこともなく、運とノリだけで仕事をしてきた男に、初めての挫折感が漂い始めた
自分がいつもよりどころにしていた強烈な特別意識は、ただ単に自分を疲れさすだけの重荷に変わっていた
ある日を境に急激に気力が失せていった
もうダメだ!!
皆がうらやむラッキーなスタートだったのに、何ひとつモノにできなかった
いつも心の底で自分だけは特別だと思い込んでいたのに
おめでたい奴だ
齢だけはどんどん取っていくし・・・
もう・・・ダメだ・・・
マネージャー「どうだ、このさいライブ活動に集中してみるのは
お前はもともとそこから始まったんだし」
A「うるさいな、ほっといてくれよ。俺は一人になりたいんだ!」
何事に対してもにも自信が持てずに、焦燥感だけがつのっていった
仕事は日増しに無くなっていく
スタッフもそんなAから少しずつ離れていく
たくさんのものを手にしてきたはずなのに、結局は何も残っていない
成功はいつだってつかの間の体験だ
またすぐに新しいものが欲しくなる
手に入れても、手に入らなくても、同じ欲求不満が残るとしたら、この人生はまるで底なし沼のトリックゲームみたいなものだ
もうすべてやめてしまいたい
人生そのものを終わりにしたい
人生は生きるに値しない
寒風吹きすさぶ中、Aがうなだれてとぼとぼと歩いている
道端で歳末救け合い運動
お鍋を吊した隣で外人の牧師
「アナタハ 神ヲ シンジマスカア」
A「信じるわきゃないだろ」
すべての現実が無彩色に見えた
生きる希望も意欲も失せかけていた
歩道から大衆食堂のテレビが見える
画面の中には小堺一機と関根勤
「コサキンショー!!」
観客「ワハハハ・・・」
駅の前
シワだらけのコートをはおり電車賃の小銭を探している
「あっあの人・・・ほら昔テレビ出てたじゃん」
「何ていったっけ?」
そんな声が聞こえると、あわてて駅に背を向けて
「ヘイ!タクシー!!」
芸能人の見栄だけは残っていた
タクシーの後部座席にもたれながら
『あ~あ、俺いったい何やってんだろう』
そのうち自分で自分を追い詰め、落ちるところまで落ちてやろうという自暴自棄な気持ちになっていった
生きるとは、まるで刑罰のようなものだ
だからといって死んでしまう勇気もない
こんなに苦しんでいるというのに、誰も手を差し伸べてくれない
この特別な、このオレに、誰か手を差し伸べるべきだ
同情して援助するべきだ・・・この特別なオレに
そんなある日、部屋の片隅に放ったままの一冊の本が目に付いた
以前知人が貸してくれたものだ
その知人は洋服メーカーを営んでいた
いくつものヒット商品を世に出し、数百名の従業員を使う若き経営者だった
何年か前に飲み屋で会ったとき、人生の役に立つから読んでごらんよ手渡してくれた
彼自身が読みふけった本だという
しかしAはその本を読んでいなかった
どこかで彼を見下していたからだ
洋服屋の彼に何がわかるって言うんだ
たまたま運がよくて成功しただけじゃないか
そんな彼が読むような本はたかが知れている
このオレにはふさわしくないさ
そんなAの傲慢さは、人生全体に浸透していた
自分は特別な存在だ
今は運がないだけで、本当なら今頃大成功しているはずの人間だ
自分と比べたら誰一人たいした奴はいない
実際には惨めな現実を生きているというのに、いつも人を見下していた
どんなに成功している相手でも、漠然と自分のほうが上だと思い込んでいた
その日の彼は、いつにも増して気持ちが弱っていた
お馴染みのためいきをつきながら、Aはその本に手を伸ばした
そしてページをパラパラとめくり始めた
それは人間関係をうまく使って自分の欲しい結果を手にするという、一種の成功哲学のような本だった
本にはこのように書かれていた
人はみな、自分の考えは正しいと思っている
相手と意見が衝突した時は、自分を反省するのではなく、必ずといっていいほど相手が間違っていると決めてかかる
したがって、そんな人間を相手に、相手に誤りを認めさそうとしたり、叱って諭そうとしたりするのは無理であり、その行為は愚の骨頂である
その文章の部分に、本を貸してくれた本人自身の筆で波線が引かれ、そこに彼の文字で「人間の心の機微を捉え、人を動かす」と書かれていた
その彼の文字を見たとき、身体全体に衝撃が走った
彼は僕の知らないこのことをいち早く学び、しかもそれを使ってすでに成功を手に入れているじゃないか
彼は僕よりずっと先を行っていたし、ずっと利口だった
それなのに、そんな彼を見下していたオレは何者だ
なんの根拠もない自信と驕りに支えられていた自分は何者だ
ただの愚か者だ
自分を特別な存在だと思っていたまさにそのことが、もっとも愚かな思い込みだった
自分はただのあたりまえの人間だった
そのとき、自分を支えていたアイデンティティが、根底から崩れ落ちた
初めて他者を自分と同等に認める事ができた最初の経験だった
そしてその出来事は、それからさらに数年後の大いなる気づきに繋がる一瞥になった
自分の特別さへの思い込みが消えたことは、同時にそれまで抱えていた人生の重荷を肩から下ろすことでもあった
人生のすべては、一から十まで、その本人の思い込みの産物だ
自分が作り出した幻想の自分が、さらに自分なりの幻想の世界を作り出し、その幻想同士が絡み合う夢・・・それが人生だ
だとしたら、その幻想の向こう側になにがあるのか、それを知りたい
それを知るために人生という機会があるのだから、表面的に何の仕事をしているかとか、社会的な地位や名誉も関係がない
それは社会的な成功とは関係のない、人生の成功だ
そんな想いが湧き上がったとき、Aは芸能活動からの引退を決意した
もう一度、生きなおしてみよう
人生の本当の意味を探求する事を何よりも優先して生きたとしたら、この先、自分の身に何が起きていくのかそれを見届けてやろう
将来に対する不安も消えていた
そのときは気づかなかったが、すでにAの中からは「時間」という概念が消え始めていたのだ
思い込みの自分が消えてリアルな世界が見え始めていた
もし生活費の必要が生じたら、何かして働けばいい
仕事は何でもよくなっていた
ある日、Aは駅のキヨスクでアルバイトニュースを買ってきた
住まいの近くにコンビにでもあれば、とりあえずバイトでもしてみようと考えたからだ
ところがちょうどその日の夜、偶然にも次の仕事が決まる電話が入った
Aに対していつも親身になってくれていた芸能界のドンからだった
「現役をやめるのなら、いい話がある」
それは音楽プロデューサーの職だった
当時はドラマの主題歌がヒットする事が多く、そのドラマのほとんどはTBS系だった
そのTBSドラマの主題歌を企画制作するプロデューサーにAを推薦してくれたのだ
話は即決だった
始めてみると、それは極めて恵まれた仕事だった
各レコード会社にも影響力を持つようになり、自分の意見が大きく反映されるやりがいのある職だった
Aはすぐに頭角を現した
最初に手がけたアマチュア作品「恋に落ちて」が、いきなりドラマの主題歌に抜擢されミリオンセラーに輝き、そのドラマも社会現象と化した
最初にそんなドラマとめぐりあうという運も持ち合わせていた
その後も中山美穂、後藤久美子ら当時のアイドル達を次々とプロデュースし、いつのまにかヒットメーカーと呼ばれるようになっていった
そんな音楽業界も、徐々にバンドブームに入ろうとしていた
レベッカやバービーボーイズが注目を集め始めていた
今後ますますこの傾向が強まると見たAは、主題歌制作の仕事のかたわら新人バンドの発掘にも力を入れ始めた
そんな噂を聞きつけて、Aのもとには毎日のように新人バンドのデモテープが届けられ、その整理だけでも忙しい毎日が続いた
ある日、ひとつのバンドが目に留まった
東京目黒
30人くらいで満員の小さなロックライブハウス
5人のメンバーが長髪を固めて尖らせ、顔にメークをして、小さなステージにやっと乗っかるような窮屈な姿勢で演奏していた
お世辞にも綺麗とは言えない小屋のようなステージで、そこで演奏する彼らは照明よりも輝いている
「これだ!」
やっと何かにめぐり合った気がした
何人もの新人を世に送り出して感じた事は、普通の人間がスターになって輝いていくのではなく、輝いている人間がスターになっていくということだった
目の前の彼らは、まぎれもなくスターの輝きを放っていた
メンバーも上昇志向が強く、唯一自分達に興味を示してくれた業界人のAを慕っていた
特に、yoshiki、toshi、hide、の3人は気心も知れて可愛い弟分のようだった
バンドの名前はX(後のXjapan)といった
彼らの代理人としてレコード会社との契約を済ませると、今度は自分で1からバンドを作ってみたいと思った
Aは次第にバンドを育てることの面白さにのめり込んでいった
惜しまれながらも主題歌制作会社の職を辞め、フリーになったことで、さらに活躍の場が広がっていった
時代はまさにバブルの絶頂期だった
その恩恵は音楽業界にも訪れ、Aの仕事も順風満帆に展開していた
ところがそんな社会的な成功は、Aの中にまた新たな特別さを作り出すことになった
あの時すべてを捨てて、人生の真実を探求しようとしたのに、またもとのもくあみだ
だからといって、再度この快適な生活を手放す勇気もない
また同じ罠にかかってしまったような思いを抱きながら、それでも毎日を懸命に生きていた
真実は見えそうで見えなかった
そんなある日だった
レコード関係者との打ち合わせを終えて、渋谷の街を歩いていた
そして駅前の歩道橋を上り始めたその時・・・・
突然、心と身体が何かに乗っ取られたような感覚になり、そのまま階段から転落してしまった
「ウワーーーーー!!」
・・・・・・・・・
2001年 2月14日
FM沖縄 「ForPM」
受話器を持って生放送のインタビューに応えているA
DJ「この17年間はどんな17年間だったんですか」
A「一言じゃ言えません・・・でもとても充実した日々でした」
DJ「いまはどんなことをされているのですか?」
A「お寺の研修施設で、心の学校をやっています。僕らがどこから来てどこに向かっていくのか、そんなことを一緒に考えています」
DJ「いろんなメッセージがある中で一番多いのが、もう沖縄でライブはやらないのですかというものなんですけど」
A「沖縄だけではなく、僕はライブ自体17年間やってこなかったんですけど・・・
こんなに沖縄の人達が僕のことを思い続けてくれて、ライブを見たいと言ってくれるのであれば、やってみましょうか」
DJ「それじゃあ・・・?」
A「はい近いうちに必ず実現させます!」
それまでにも、ライブなどの誘いがないわけではなかったが、すべて避けてきていた
あの日の突然の気づき以来、自分は生まれ変わったのであり、もう過去のことは完全に終わったことだった
思い起こしてみればあの頃はいつも周りとの競争で、自分よりも才能豊かなライバル達に嫉妬し、思うように売れない自分の実力に失望し、毎日重い荷物を背負って生きていた
華やかなスポットライトは、自分の内面の貧しさを、なおいっそう際立たせていた
もう2度と人前で歌ったり、ライトを浴びる事はないと決めていたのに
再び何か大きな力に押し流されるような感覚の中で、あっさりとライブ活動の復活を宣言していた
いろんなことがあった
いろんな人に会った
宮司
シャンタン
志織
ダルマージ
志摩子
向和尚
・・・・・
いろんなことを教えてもらった
そのたびに人生は様々な方向に流れていった
いったいどこまで来たんだろう
いったいどこに流れ着いたのか
どこにも来ていない
立ち止まってみれば、いつも「いまここ」があるだけだ
目の前を様々な人や現実が通り過ぎていっただけで、やっぱり自分は「いまここ」にいる
人生とは、「いまここ」から離れてどこかに向かい、流れて流されて、再び「いまここ」に戻ってくるための夢の旅のようなもの
どんなに遠くまで来たつもりでも、なにかを成し遂げたと思っても、道を踏み外したような気がしても、本当はなにも起きちゃいない
どんなときも誰一人見放されることはなく、大いなるものに守られ愛され、どんなに罪を犯しても、どんなに汚れても、どんなに苦しみ嘆いていても、いつだって「それ」はただ見守ってくれている
そして夢から覚めて「いまここ」に戻ってきた時、「それ」は優しくこう告げてくれる
「おかえり」
そこにはただ、今があるだけなので、旅人はこう応える
「ただいま」
か・ん・な・が・ら
完





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