2007年06月12日
天河と方広寺とセミナー
方広寺で始めたセミナーに人が来なくなってしまったときがありました。
宣伝をするわけでもなく、セミナー会社への反発から受講生集めを強化するわけでもなく、ただ内容の質だけを頼りにやってきたのが、たちゆかなくなってしまったのです。
で、どうしたか。
実はいさぎよくあきらめて出直そうと心に決めました。
そして、天河にその報告と、お礼のお参りに行きました。
なぜお礼かと言うと、そもそも方広寺でのセミナーの最初のお客さんは、天河で出会ったミュージシャン達だったからです。
関西を中心に活躍していた「風の楽団」「「天空オーケストラ」のメンバーたちでした。
彼らがとても感動してくれて、彼らの仲間達に広まり、その勢いでここまでやってこれていたのです。
さて、そのお礼に天河に行ったのが13年前の今日、平成6年6月6日でした。
「666」という、西洋では不吉と言われている並びだったのでよく覚えています。
その時のことは、天河という場所がただの場所ではないことを改めて知る経験になりました。
天河神社の神殿に、ひとりでお参りする時に必ず起きる事があります。
御扉の内側で「ゴトン!」と音がするのです。
それもかなり大きな音で、重い木の箱を上から落としたような響きです。
ところが天河ではそのような現象はあまり不思議にも思わず、そういうものだって納得してしまうのです。
平成6年6月6日のお参りのときも同じでした。
「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 ・・・」
祝詞は身体いっぱいに声を出して唱えます。
唱え終えると静寂があたりを包み、神気に満たされていくのがわかります。
それはとても優しい波動で、すべての罪穢れを許し、洗い清めてくれるかのようです。
その後、両手を合わせ真正面に神殿を見据えていました。
天河で出会った人たちが最初の受講生になってくれて、その後も口コミでセミナーが広まっていったことへの感謝。
でもそれも続かなくなってきたので、また何か新しい事を始めたほうがいいのか、そんな気持ちでお祈りしていました。
「ゴトン!」
その時の音は、今でも天河と繋がっていることを再確認させてくれたようで、安心感を持ちました。
「この命を好きなようにお使いください」
天河でのご奉公を終えた平成元年7月の末に、神殿の前でこう誓った時から、この先何がどうなろうと、それが神の思し召しならば、それを受け容れていこうと心に決めていました。
お参りを終えて、とても好きな場所「天の川温泉」に行きました。
思えば最初に天河を訪れた時、宮司が僕に会いに来てくれた場所です。
あれがなければ、その後の僕の人生は大きく変わっていたかもしれません。
いやいや、人生には「もしも・・・」はないので、すべては必然で起きる事が起きてきたのでしょう。
天の川温泉の窓から正面に小さな山が見えます。
僕にはその山の形が龍の顔に見えてしかたないのですが、その日もそんなことを思いながら湯船に浸かっていました。
あの天河で暮らした数ヶ月間が、夢の中の出来事のように思い出されました。
すると、隣に入っていた青年に気がつきました。
ニコニコと顔に微笑みを浮かべて、とても美しい青年でした。
僕は直感的に人相を判断するようなところがあるのですが、その青年の顔は普段あまり会ったことのない、とても純粋なエネルギーに満ちていました。
「何をしている人だろうか、どんな人生を送ってきた人だろう」
そんなことが気になりましたが、あまりジロジロ見ては失礼なので、興味はそこで終わりにしました。
さて湯船から上がって、休憩のための大広間でしばらく身体を休めた後、その温泉施設を出ると、後ろから声がしました。
「すみません」
何かと思って振り向くと、先ほどの青年が立っていました。
「禊殿(みそぎでん)に行きたいんですけど、道わかりますか?」
ずっと前からの知り合いに声をかけられたような気がしました。
「あっ、それならこの道をまっすぐ・・・。僕、時間があるから案内しようか?」
「え?いいんですか?」
そんな具合に彼と伴って禊殿に行くことになりました。
禊殿は旧神殿を移転したもので、その上から神社特有の朱色の塗料で染めあげて、美しく生まれ変わっていました。
横に天川の支流が流れ、その水はどこまでも澄み切っていて、まわりの森からはカッコウや小鳥達の声が聞こえてくる、まるで別世界のような一角です。
ご奉公していたころ、ここを一般公開する前に、毎日のように雑巾がけをしていた思い出の場所でした。
2人で玉砂利に座ると、彼がいろいろと話しかけてきました。
「風呂で会ったの覚えてます?じつはあなたを見て凄いエネルギーを感じて興味持っていたんです。何をしている人だろうって」
「ははは、僕もあなたに同じようなことを感じたんだよ」
どんどん話が弾んでいきました。
僕は天河でのこれまでの経緯と、現在お寺でセミナーを開催していることなどを話しました。
「そのセミナー、僕も似たようなの体験しています。VOICEって会社で」
VOICEは、当時流行したバシャールなどのチャネリング系の書籍や、「愛と怖れ」などのニューエイジ関連の出版物で知られた会社でした。
彼はそのようなセミナーを多く受講しながら精神世界を学び、自らもそんなグッズを販売していると言います。
どうりでそんな雰囲気があるはずです。
彼が言いました
「あなたがお寺でやっているセミナーにもすごく興味があります」
「セミナーの基本的な考え方は似ていても、僕は僕で独自なものをやっているんだよ。
実は受講する人が減ってきたから来月を最後にやめようと思っているんだ。
いい機会だから体験してごらんよ。
無料で招待するよ」
そして彼は翌月、方広寺にやってきました。
ワークショップや心のセミナーと呼ばれるもののすべては、ひとつの目的に行き着きます。
それは「ヒーリング」・・・癒しです
なぜなら、すべての大切な知識や気づきは、すでに個々人の中に用意されているからです。
それを各自が心の奥底から引き出すお手伝いをするにすぎません。
僕が開催してきたセミナー(方広寺と沖縄で数回行ったもの)は、参加者同士が互いを思いやりエネルギーを与えあうという事が基本になっています。
そのことを通して日常生活では決して味わうことのできない、彼方なる次元に触れることさえ可能です。
天河で出会った彼は、最初は半信半疑だったようでしたが、次第に僕が何を引き起こしているのかを理解し始めました。
そして最終日、感動に振るえる声でこう叫びました。
「これだ!ずっと探していたものはこれだ!」
そして彼の生い立ちを初めて聞かせてくれました。
それはここでは詳しく話せませんが、彼の純粋なエネルギーからは想像もできないような過酷な現実でした。
そのことが心のどこかで負い目となっていたようでしたが、僕達が究極的には「ひとつ」のものだという体感は、大きな解放につながったようでした。
彼は帰りがけにこう伝えてくれました。
「これからのことは僕にまかせてください」
その言葉どおり、翌月もセミナーを開催することになりました。
それまで毎月の参加者は10名前後でした。
グループワークの性格上、数名しか集まらないようになるとセミナーができません。
実際そのような状況が起きていたので、やりたくてもできなくなってきたのが当時の状況でした。
ところが翌月の受付には30名近い人たちが列を作ることになりました。
そう、あの男性がVOICEで知り合ったセミナー仲間に自分の体験を伝え、その話に興味を持った人たちがズラリ参加してくれたのです。
そしてまたその人たちが感動してくれて、その翌月からは毎回20名以上の人たちが参加するようになり、その状況が何年間も続いていきました。
あの日、天河神社にセミナーが続かなくなる報告に行った事が、このような状況になるとは夢にも思っていませんでした。
毎回セミナーの最終日、会場いっぱいに愛の波動が広がる時間帯があります。
それはまるで地上に楽園が誕生したかのようです。
物理的には何一つ変化したわけではないのに、一人一人の中に高いレベルの意識が生まれ、まさに天界で神々が集っているような光景です。
そんなとき、僕はいつも手を合わせて、皆に気づかれないような小さな声で感謝を唱えていました。
「おんそらそばていえいそわか おんそらそばていえいそわか おんそらそばていえいそわか」
弁財天の御真言です。
まさにその場に、弁財天が降臨しているのを感じていたからです。
「われ弁才天は、陰陽分かるる前の根源なり」
自他という二元性から生まれるあらゆる区別が消えうせ、我々が一つなるものであることを教えてくれます。
それは自分の根源が神そのものであるという理解なのです。
・ ・・・・・・・・・・・・・・
僕のセミナーは「与え合う」ことが基本になっています。
与え合うというのは、お互いに相手の事を自分と同等に、あるいはそれ以上に大切にするということです。
僕達は常日頃、自分自身の安全や損得ばかりを考えがちです。
そんな自分自身をいったん脇に置いて、他の参加者に深く興味を持ち、温かい気持ちを与えていくのです。
日常生活での人同士の出会いは、多くの場合社会的役割を演じあう「形」と「形」の触れ合いから始まります。
そこには本当の意味での交流はまだありません。
それがお互いに心の防壁をはずし、お互いを感じあうようになれば、そこに真のコミュニケーション、心の交流が生まれることになります。
それは僕達にとって、心が満たされる経験になります。
さらにそのコミュニケーションが深まり、心の交流から魂の交流に達する地点があります。
それをコミュニオン(交感)と呼んでいます。
コミュニケーションにおいてはまだ双方が別々の存在でしたが、コミュニオンのレベルではそれが一つになります。
その一つを体感すれば、その延長線上に「すべてはひとつ」であるという事を理解できます。
そのとき、大いなる癒しが訪れます。
全体を感じることこそが癒しにつながる道なのです。
Heal(癒し)の語源がWhole(全体)であると言われる所以です。
・ ・・・・・・・・・・・・
方広寺でやっていたセミナーには、個人で展開していた「リーラ」というセミナーと共に、向和尚と展開した「いまここ塾」「禅スクール」などがありました。
物語に登場するインドの覚者であるダルマージは、世界中から集まる数千人の弟子達のために、毎朝1時間講話を続けていました。
その内容は古今東西のあらゆる宗教の底辺に流れる普遍的な真理を解説したものです。
一見矛盾して見えるそれらの教えには、それぞれに覚者だけが語る事ができる真理が隠されていて、そのポイントを、よどみない美しい言葉で示してくれたのです。
彼はすべての宗教の美しさを説いたのと同時に、すべての宗教の弱点も指摘していました。
その多くは人間が宗教を組織化していく過程で生まれる矛盾点でした。
しかしそんな彼が唯一、最大限の評価をしていたのが日本の伝統禅です。
日本の禅と比べれば、世界のあらゆる宗教は子供じみていると断言していたほどです。
(ダルマージが誰なのかは、すでにわかっている人も多いと思いますが、その解説は後にします)
とはいうものの、日本において仏教は形骸化してしまい、葬式を生業とする僧侶がほとんどの中で、覚醒した本物の禅僧と出会えるチャンスはほとんどなくなっていました。
そんな中での向禅師との出会いは、まさに神がもたらしてくれた幸運だったと思っています。
宣伝をするわけでもなく、セミナー会社への反発から受講生集めを強化するわけでもなく、ただ内容の質だけを頼りにやってきたのが、たちゆかなくなってしまったのです。
で、どうしたか。
実はいさぎよくあきらめて出直そうと心に決めました。
そして、天河にその報告と、お礼のお参りに行きました。
なぜお礼かと言うと、そもそも方広寺でのセミナーの最初のお客さんは、天河で出会ったミュージシャン達だったからです。
関西を中心に活躍していた「風の楽団」「「天空オーケストラ」のメンバーたちでした。
彼らがとても感動してくれて、彼らの仲間達に広まり、その勢いでここまでやってこれていたのです。
さて、そのお礼に天河に行ったのが13年前の今日、平成6年6月6日でした。
「666」という、西洋では不吉と言われている並びだったのでよく覚えています。
その時のことは、天河という場所がただの場所ではないことを改めて知る経験になりました。
天河神社の神殿に、ひとりでお参りする時に必ず起きる事があります。
御扉の内側で「ゴトン!」と音がするのです。
それもかなり大きな音で、重い木の箱を上から落としたような響きです。
ところが天河ではそのような現象はあまり不思議にも思わず、そういうものだって納得してしまうのです。
平成6年6月6日のお参りのときも同じでした。
「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 ・・・」
祝詞は身体いっぱいに声を出して唱えます。
唱え終えると静寂があたりを包み、神気に満たされていくのがわかります。
それはとても優しい波動で、すべての罪穢れを許し、洗い清めてくれるかのようです。
その後、両手を合わせ真正面に神殿を見据えていました。
天河で出会った人たちが最初の受講生になってくれて、その後も口コミでセミナーが広まっていったことへの感謝。
でもそれも続かなくなってきたので、また何か新しい事を始めたほうがいいのか、そんな気持ちでお祈りしていました。
「ゴトン!」
その時の音は、今でも天河と繋がっていることを再確認させてくれたようで、安心感を持ちました。
「この命を好きなようにお使いください」
天河でのご奉公を終えた平成元年7月の末に、神殿の前でこう誓った時から、この先何がどうなろうと、それが神の思し召しならば、それを受け容れていこうと心に決めていました。
お参りを終えて、とても好きな場所「天の川温泉」に行きました。
思えば最初に天河を訪れた時、宮司が僕に会いに来てくれた場所です。
あれがなければ、その後の僕の人生は大きく変わっていたかもしれません。
いやいや、人生には「もしも・・・」はないので、すべては必然で起きる事が起きてきたのでしょう。
天の川温泉の窓から正面に小さな山が見えます。
僕にはその山の形が龍の顔に見えてしかたないのですが、その日もそんなことを思いながら湯船に浸かっていました。
あの天河で暮らした数ヶ月間が、夢の中の出来事のように思い出されました。
すると、隣に入っていた青年に気がつきました。
ニコニコと顔に微笑みを浮かべて、とても美しい青年でした。
僕は直感的に人相を判断するようなところがあるのですが、その青年の顔は普段あまり会ったことのない、とても純粋なエネルギーに満ちていました。
「何をしている人だろうか、どんな人生を送ってきた人だろう」
そんなことが気になりましたが、あまりジロジロ見ては失礼なので、興味はそこで終わりにしました。
さて湯船から上がって、休憩のための大広間でしばらく身体を休めた後、その温泉施設を出ると、後ろから声がしました。
「すみません」
何かと思って振り向くと、先ほどの青年が立っていました。
「禊殿(みそぎでん)に行きたいんですけど、道わかりますか?」
ずっと前からの知り合いに声をかけられたような気がしました。
「あっ、それならこの道をまっすぐ・・・。僕、時間があるから案内しようか?」
「え?いいんですか?」
そんな具合に彼と伴って禊殿に行くことになりました。
禊殿は旧神殿を移転したもので、その上から神社特有の朱色の塗料で染めあげて、美しく生まれ変わっていました。
横に天川の支流が流れ、その水はどこまでも澄み切っていて、まわりの森からはカッコウや小鳥達の声が聞こえてくる、まるで別世界のような一角です。
ご奉公していたころ、ここを一般公開する前に、毎日のように雑巾がけをしていた思い出の場所でした。
2人で玉砂利に座ると、彼がいろいろと話しかけてきました。
「風呂で会ったの覚えてます?じつはあなたを見て凄いエネルギーを感じて興味持っていたんです。何をしている人だろうって」
「ははは、僕もあなたに同じようなことを感じたんだよ」
どんどん話が弾んでいきました。
僕は天河でのこれまでの経緯と、現在お寺でセミナーを開催していることなどを話しました。
「そのセミナー、僕も似たようなの体験しています。VOICEって会社で」
VOICEは、当時流行したバシャールなどのチャネリング系の書籍や、「愛と怖れ」などのニューエイジ関連の出版物で知られた会社でした。
彼はそのようなセミナーを多く受講しながら精神世界を学び、自らもそんなグッズを販売していると言います。
どうりでそんな雰囲気があるはずです。
彼が言いました
「あなたがお寺でやっているセミナーにもすごく興味があります」
「セミナーの基本的な考え方は似ていても、僕は僕で独自なものをやっているんだよ。
実は受講する人が減ってきたから来月を最後にやめようと思っているんだ。
いい機会だから体験してごらんよ。
無料で招待するよ」
そして彼は翌月、方広寺にやってきました。
ワークショップや心のセミナーと呼ばれるもののすべては、ひとつの目的に行き着きます。
それは「ヒーリング」・・・癒しです
なぜなら、すべての大切な知識や気づきは、すでに個々人の中に用意されているからです。
それを各自が心の奥底から引き出すお手伝いをするにすぎません。
僕が開催してきたセミナー(方広寺と沖縄で数回行ったもの)は、参加者同士が互いを思いやりエネルギーを与えあうという事が基本になっています。
そのことを通して日常生活では決して味わうことのできない、彼方なる次元に触れることさえ可能です。
天河で出会った彼は、最初は半信半疑だったようでしたが、次第に僕が何を引き起こしているのかを理解し始めました。
そして最終日、感動に振るえる声でこう叫びました。
「これだ!ずっと探していたものはこれだ!」
そして彼の生い立ちを初めて聞かせてくれました。
それはここでは詳しく話せませんが、彼の純粋なエネルギーからは想像もできないような過酷な現実でした。
そのことが心のどこかで負い目となっていたようでしたが、僕達が究極的には「ひとつ」のものだという体感は、大きな解放につながったようでした。
彼は帰りがけにこう伝えてくれました。
「これからのことは僕にまかせてください」
その言葉どおり、翌月もセミナーを開催することになりました。
それまで毎月の参加者は10名前後でした。
グループワークの性格上、数名しか集まらないようになるとセミナーができません。
実際そのような状況が起きていたので、やりたくてもできなくなってきたのが当時の状況でした。
ところが翌月の受付には30名近い人たちが列を作ることになりました。
そう、あの男性がVOICEで知り合ったセミナー仲間に自分の体験を伝え、その話に興味を持った人たちがズラリ参加してくれたのです。
そしてまたその人たちが感動してくれて、その翌月からは毎回20名以上の人たちが参加するようになり、その状況が何年間も続いていきました。
あの日、天河神社にセミナーが続かなくなる報告に行った事が、このような状況になるとは夢にも思っていませんでした。
毎回セミナーの最終日、会場いっぱいに愛の波動が広がる時間帯があります。
それはまるで地上に楽園が誕生したかのようです。
物理的には何一つ変化したわけではないのに、一人一人の中に高いレベルの意識が生まれ、まさに天界で神々が集っているような光景です。
そんなとき、僕はいつも手を合わせて、皆に気づかれないような小さな声で感謝を唱えていました。
「おんそらそばていえいそわか おんそらそばていえいそわか おんそらそばていえいそわか」
弁財天の御真言です。
まさにその場に、弁財天が降臨しているのを感じていたからです。
「われ弁才天は、陰陽分かるる前の根源なり」
自他という二元性から生まれるあらゆる区別が消えうせ、我々が一つなるものであることを教えてくれます。
それは自分の根源が神そのものであるという理解なのです。
・ ・・・・・・・・・・・・・・
僕のセミナーは「与え合う」ことが基本になっています。
与え合うというのは、お互いに相手の事を自分と同等に、あるいはそれ以上に大切にするということです。
僕達は常日頃、自分自身の安全や損得ばかりを考えがちです。
そんな自分自身をいったん脇に置いて、他の参加者に深く興味を持ち、温かい気持ちを与えていくのです。
日常生活での人同士の出会いは、多くの場合社会的役割を演じあう「形」と「形」の触れ合いから始まります。
そこには本当の意味での交流はまだありません。
それがお互いに心の防壁をはずし、お互いを感じあうようになれば、そこに真のコミュニケーション、心の交流が生まれることになります。
それは僕達にとって、心が満たされる経験になります。
さらにそのコミュニケーションが深まり、心の交流から魂の交流に達する地点があります。
それをコミュニオン(交感)と呼んでいます。
コミュニケーションにおいてはまだ双方が別々の存在でしたが、コミュニオンのレベルではそれが一つになります。
その一つを体感すれば、その延長線上に「すべてはひとつ」であるという事を理解できます。
そのとき、大いなる癒しが訪れます。
全体を感じることこそが癒しにつながる道なのです。
Heal(癒し)の語源がWhole(全体)であると言われる所以です。
・ ・・・・・・・・・・・・
方広寺でやっていたセミナーには、個人で展開していた「リーラ」というセミナーと共に、向和尚と展開した「いまここ塾」「禅スクール」などがありました。
物語に登場するインドの覚者であるダルマージは、世界中から集まる数千人の弟子達のために、毎朝1時間講話を続けていました。
その内容は古今東西のあらゆる宗教の底辺に流れる普遍的な真理を解説したものです。
一見矛盾して見えるそれらの教えには、それぞれに覚者だけが語る事ができる真理が隠されていて、そのポイントを、よどみない美しい言葉で示してくれたのです。
彼はすべての宗教の美しさを説いたのと同時に、すべての宗教の弱点も指摘していました。
その多くは人間が宗教を組織化していく過程で生まれる矛盾点でした。
しかしそんな彼が唯一、最大限の評価をしていたのが日本の伝統禅です。
日本の禅と比べれば、世界のあらゆる宗教は子供じみていると断言していたほどです。
(ダルマージが誰なのかは、すでにわかっている人も多いと思いますが、その解説は後にします)
とはいうものの、日本において仏教は形骸化してしまい、葬式を生業とする僧侶がほとんどの中で、覚醒した本物の禅僧と出会えるチャンスはほとんどなくなっていました。
そんな中での向禅師との出会いは、まさに神がもたらしてくれた幸運だったと思っています。
Posted by Blog Ranking at
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│天河と方広寺とセミナー





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