祈り
歌い終わると、玄考さんは仏壇に向かって般若心経を唱えだしました。
ちょっと芝居がかった展開でしたが、きっと歌のお返しに唱えてくれたのでしょう。
吉野の山奥の小さな人里の、これまた小さなお寺の中は、まるで異次元のような雰囲気に包まれていました。
一心不乱に経を読む青年。
同じ時代に生きているというのに、人が選ぶ人生はなんと多くの可能性にあふれていることでしょう。
読経を終えた玄考さんが、振り向きながら言いました。
「世界の争いや苦しみがなくなるといいですね」
そのまなざしには優しさがあふれていました。
「そうですね。なくなるといいですね」
僕もそう答えました。
宇宙との一体感。
それはそのまま、自分が全体であることを意味します。
同時に、全体が自分という器を通して生きているということでもあります。
個人の悟りの体験から発生するのは、世界全体が幸せであることを祈ることです。
なぜなら、世界全体が自分だからです。
よろしくお願いします