1200年間の継続
最後まで黙って話を聞いていた玄考さんが言いました。
「おもしろそうですね・・・Aさんのことは大好きだから、せっかくのお誘いをお受けしたいんですが・・・
でも僕は明日高野山に帰ります。
次に自由な時間ができるのはいつの日になるかわかりません。
実は今でも毎朝お大師様(空海)に、朝食をお作りしているのです。
僕はその役目を担っている一人です」
「え?大昔に死んだ人の朝食を作っているの?」
「はい」
「まさか亡くなってからずっと作ってきたわけじゃないでしょ」
「1200年間、毎朝欠かさずずっとです」
「え?・・・」
「お大師様は今も生きてらっしゃいます。
その存在感は今も変わらずあるのは、おそばにいる者ならわかります」
さっきまでのセミナーの話はどこかに飛んでしまいました。
あまりの話のインパクトに、僕が喋った内容など、どこかに消えてしまいました。
僕は少しちゃかした風に言いました。
「まさか本当に食べてるわけじゃないよね」
すると玄高さんは真顔で答えました。
「いえ、実際にお召し上がりになっていますよ」
!!
それ以上つっこむのはやめました。
玄考さんが本当に真顔だったからです。
おそらくは今も空海の魂が存在すると考えることで、高野山の意味が上がるので、そのような慣習が残っているのだと思いました。
でももしかしたら玄考さんの感じていることが本当なのかもしれません。
人間が身体以上の存在だということは理解できますし、空海ほどになれば、その存在感を永遠に残しておくことができるのかもしれないと思いました。
自分の不信心さにくらべて、目の前の若者の純真なこと。
僕はもっとこの若者のことを知りたいと思いました。
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