インドコンサートツアー
その仕事とは、喜納昌吉さんと一緒にインドに行ってくれないかというものでした。
そんなことって・・・あるんですね。
理由は、当時喜納昌吉とチャンプルーズが新しく東芝EMIというレコード会社移籍することになり、音楽制作スタッフも変わることになったということでした。
昌吉さんは良くも悪くも個性の強い人なので、普通のプロデューサーでは勤まらないのではないかということで、僕に白羽の矢が当たったようでした。
インドに同行することで、少しでも彼らと意思の疎通をはかってほしいというのが、その狙いだったのだと思います。
この仕事をくれたのは「マッドキャップ」という音楽事務所で、僕も昔お世話になったことがありますが、その代表のSさんはずっと昌吉さんを見守ってきた人でした。
無料でインドに行かせてくれて、しかもギャラまで下さると言うのですから、喜んで引き受けました。
さてお引き受けしたのはいいのですが、4ヶ月間の天河神社での奉公生活は、自覚している以上に自分自身を変えてしまっていました。
社会のできごとや、他者の目といったものに、ほとんど影響されなくなっていたのです。
まったくの浮世離れした感覚だけがありました。
神と共に生きているという思いは内側でリアルに脈打っていましたし、そのような意味では怖いものがなくなっていました。
僕たちを臆病にさせるのは、自分の力でなんとかしなくてはいけないという感覚だと思います。
しかし実際に物事をやっているのは自分ではなく、神なのです。
現実は、個ではなく全体によって作られています。
うまくいこうがいくまいが、何一つ自分のおかげでも自分のせいでもありません。
そもそもそのような「自分」など存在していないのですから。
この感覚は今も変わりませんが、当時と比べて大きく変わったことがあります。
それは、当時は、現象は神の仕業だからと言って、いい加減な態度で生きていた感じがあったことです。
それは大いなるものに気がついた直後に陥りやすい罠で、物質次元を超えた感覚に溺れてしまって、現実をないがしろにする無責任体質な生き方をしてしまうのです。
このような愚かさが、当時は多くの人に迷惑をかけたと反省しています。
そして同じような罠にはまった人を見ると、精神の道を進もうとする時、いちどはその過ちを通るのだろうかとさえ思ってしまいます。
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